会う
「……どうしよう……」
エリスは今、非常に悩みながら森の中を歩いていた。彼女はとんでもないミスを犯したのだ。武器を家に置いてきてしまった。
今なら取りに戻ることもできる。しかし……純粋に恥ずかしい。あれだけ意気揚々と出てきてすぐ帰るなど、そんな恥ずかしいことは彼女には不可能だった。かと言って武器がないのも辛い。ただの武器じゃない。かれこれ7〜8年近く使っている、自分で狩ったドラゴンの素材から、自分で作った愛着のある武器であり、さらにエリスの魔力と非常によく馴染んでいる。旅に出るというなら必須になる一品である。
「……うん、戻ろう」
故に彼女は選択した。恥など気にしている場合ではない。公には魔術など使えない以上武器は確実に必要なのだ。
◇
「うん、やっぱこれがあると落ち着く!」
こっそり家に戻り、自分の部屋に行って武器を取ってきたエリスは、黒い鞘に仕舞われた刀を腰にぶら下げ、満面の笑みで森を歩いていた。
道中、モンスターとの遭遇などは一切ない。それもそうだろう。象に挑む蟻はいない。仮に惑星が恒星に突っ込んだとして、まず間違いなく勝ち目はない。森の魔物たちとエリスにはそれほど大きな差があるのだ。まさに月とスッポンである。
ただ、そんな彼女に近づく者が二人。一見優しいお兄さんのような表情で話しかけてくる男たち。しかしその目は、明らかに薄汚れているそれだった。
「お嬢ちゃん、こんな森の中でどうしたの? 迷子かな?」
薄汚れた醜い心をうまく隠しているつもりなのだろう、優しい声で男はそう話しかけてきた。
「街に行こうと思って」
しかし男の後ろには馬車が見える。そしてこの男、おそらくエリスを攫うつもりだ、と彼女は察した。
「そっか、それじゃあ僕の馬車に乗っていくかい?」
ほら、やっぱり。しかしどうせ街に行くのだ。ここは一つのってやろう、ということで彼についていくことにする。
「おらっ! 縛れ!」
そして馬車に乗った瞬間、男たちはまるで飢えた魔獣かのように変容してエリスにがっつき、そして縛りつける。
「おお、こりゃまた上物じゃねえか。さっきの嬢ちゃんといい、今日は運がいいなぁ!」
「?」
さっきの嬢ちゃん、という単語が気になりエリスは思わず首を傾げる。そして周りを見渡すと……いた、エリスと同じように縛られ、全てを諦めたかのような目をしている少女が。
恐らく彼女も攫われたのだろう。この森の中で何をしていたのかは知らないが、少し同情する。
「なあ兄貴……こいつら売り飛ばす前に少しだけ遊んでもいいか……?」
「……処女じゃないと価値は落ちるが……まあこれだけの上物だ。処女じゃなくとも金貨25枚はいくだろ。よし、いいぞ。それにそもそも処女かどうかもわからないしな」
ボスらしい男が許可を出すと、男たちは一斉にズボンを脱ぎだし、半裸になる。
「醜いなあ」
そんな男たちをみてエリスが一言。
「……あぁ? いい度胸してんじゃねえか、まずお前から遊んでやるよ」
どうやら聞こえていたらしい。エリスの言葉に怒った男たちが、ゆっくりと距離を詰めてくる。一歩、また一歩進むごとに揺れ動くソレに嫌悪感を抱いたエリスは、さっさと馬車を奪うことにした。
「なっ……!? お、お前まさか……魔女か!?」
一瞬で凍った足元に、男たちは慄きながらもなんとか言葉を紡ぐ。
「さあ、どうだろうね? 私の正体なんかより、自分たちの今後の心配をしたほうがいいと思うよ?」
一言、男たちに警告してから、彼らの足元にある氷をゆっくり、ゆっくりと全身に浸食させていく。最も、警告と言っても彼らを慮ってというわけではなくただ恐怖を煽るためだ。
「ひっ!? ま、待ってくれ!」
「あなたがやろうとしたこと……私がやめてと言ったら辞めてくれたの?」
「む、無理強いする気はなかった! 信じてくれ!」
「そう……でも私はやめない」
男達の体が凍っていくごとに、彼らの顔からは絶望が滲み出てくる。そんな男たちを見て、エリスは悦んでいた。愉しんでいた。
「もっと叫んで、もっと暴れてもいいんだよ? それができるなら」
彼らに出来る抵抗は声を出して助けを呼ぶことだけ。現に彼らは兄貴とやらに助けを求めている。しかし、彼らの魂の叫びは、兄貴とやらに届くことはない。これまた彼女のせい。彼女が防音魔術で防いでいるから。
絶望が男たちを支配する。綺麗な、美しいその絶望。
ーーああ、最高にいい気分……
凍りつく男たちが最後に見たのは、聞いたのは狂気に歪む美しくも恐ろしき少女の嗤いだった。
そして彼らが存在した証もまた、消え失せる。美しい少女の手により、綺麗な結晶となり。
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