第三話 新たな出会い
「あら、こんなに小さい子がなんで深い森の中になんているの? ここは危ないわよ?」
殺さなきゃ……まだ、殺し足りない。もっと殺したい……もっと……
「ねえ、本当に大丈夫?」
心配そうにこちらを見つめてくる女、煩わしい。
「……死ねっ!」
故に彼女はその女に狙いをつけ、そして殺そうと魔術を使った。一番殺傷能力の高い炎の魔術だ。
「へえ、その歳でもう第三位階炎魔術……すごいね。同じ年齢の魔術師だとほとんどが、まだ第零位階の火魔術なのに。それにその魔力量……何人殺したの?」
先程の優しそうな雰囲気から一転、何もかもを殺し得そうなほどに強く禍々しいオーラに変化する。
「ひっ……! 凍れっ!」
悍ましいその気配を感じ取った瞬間に、考えるよりも早く彼女の体は動いていた。目の前の女には勝てない。せめて逃げる時間だけでも……と。
「こっちも第三位階……すごいねほんとに。とんでもない魔力量とセンス……ねえ、国の兵士全員破裂させたの君でしょ? まだ六歳なのにあの領域に片足突っ込んでるなんてすごいね? ……そうだ、お姉さんが鍛えてあげよっか?」
先程の雰囲気、表情とはまた一転、今度は愛おしいものを見るかのような目でこちらを見つめて提案してくる。
「どう? 悪い提案じゃないと思うんだけど……というか来てもらうね」
女がそう言った直後、彼女の意識は闇に沈んでいった。
◇
「目が覚めた?」
次に目を覚ますと、そこは知らない家の中だった。
「……なん……で……?」
そこにいたエリスには、先ほどのようなすべてを憎むかのような暗さがその瞳には宿っていなかった。ただ困惑で支配されていただけだ。
「あなたが深い森の中にいたからとりあえず私の家に連れてきたのよ。それで……あー……そう、あなた、結構魔術の才能ありそうだから鍛えようかなって思って。多分だけどあなたの両親も魔女狩りの被害に遭ったんでしょ? 辛かったね?」
そう言って気遣うように、家主である女は、エリスに手を差し出してきた。
しかしエリスは、その手を簡単に取ることはできない。トラウマが邪魔をしているのだ。人間に、非魔術師たちに裏切られ、殺された姉たちを目の前で見たトラウマが。
「やっぱり警戒されてるわね……裏切った人間たち……皆殺しにしたくない?」
「……何で私を……?」
「簡単な話、私の目的にあなたが必要なだけよ」
純粋な善意よりも、打算があった方がよほど信頼できる。
「……わかった」
そう考えた彼女はいかにも怪しいその女の手を取ることにした。
「そ、よかった。私の名前はルシフル、これからよろしくね。あなたは……エリスでいいの?」
私が問いに頷くと、ルシフルと名乗った女は、邪悪な笑みを浮かべた。
◇
「さて……と、それじゃあ早速特訓といきましょうか」
手をパンっと叩き、ルシフルは立ち上がってエリスに提案する。
「特訓って……何するの?」
今まで彼女がやってきた特訓といえば、ただひたすらに魔術を使い魔力容量を増やすだけ。ただ、なぜか魔力容量が異常に増えているため、そんな特訓は必要ないだろう。それならば何をすればいいのか、それが彼女には分からなかった。
「何するのって……実戦以外にないでしょ? 魔物を倒しまくるのよ」
「魔物……?」
「そうよ、その辺にドラゴンとかいるでしょ?」
「……え?」
ルシフルの発した恐ろしい言葉に、思わず気が抜けて素っ頓狂な声を出してしまう。そこら辺にドラゴン、まずこれ自体がおかしい。
「あ、ちょうど鳴き声が聞こえたわね。ちょっと行ってみましょうか」
たしかにとてつもなく力強い咆哮が聞こえた気はした……
「行くって……」
「そ、ドラゴンのとこよ」
ルシフルはそう言ってエリスの手を掴む。すると次の瞬間、エリスの目の前には逞しい鱗に鋭い牙と爪を持つ生物界の王者が佇んでいた。
「何してるの? そんなとこ突っ立ってると死ぬよ?」
呑気な声で忠告してくるルシフル、彼女の方を見ると、自分にだけ魔力で防壁を張っていた。
「ひっ……フリーズ!」
もちろん第一位階魔術如きがドラゴンに通じるはずもない。何事もなかったかのようにエリスを見つめるドラゴンの瞳に、彼女はただの餌としてしか映っていなかった。
「ファティア!》
ルシフルは助けようとしてくれる様子すらない。ただ微笑んで、餌として見つめられているエリスを見ているだけだ。助けは期待できない。
第一位階魔術なんてものはドラゴンには通じないだろう。蟻が象に必死に噛み付いているようなものだ。ろくなダメージも期待できやしない。事実、向かっていった
「フィオティア! ディ・ネモス!」
アリスが使役する先ほどより上位階に位置する
「フィアティエ! スィエラ!」
先ほどよりも強力な
彼女が使える第一から第三位階までの魔術を、次々とドラゴンに向けて放つ。正面から、右から、左から、背後から、あらゆる角度から、的確に急所を狙い定めて魔術を撃つ。それに対してドラゴンは……ただ楽しそうに目を細めていた。
その旺盛な食欲の前では、獲物の感情すらもスパイスなのだ。ドラゴンは知っていた。一番美味いのは絶望であるということを。故に、故にドラゴンは、彼女の攻撃を受け続け、絶望したエリスをゆっくり食らうつもりだった。腕を食いちぎり、足を喰らい、だるまにした上で全身を舐めて、そして少しずつ食す、絶望に染まった獲物が最も恐怖する食い方がこれなのだ。
「死ね! 死ねっ! 死ねッ! 死ねっっ!!!」
ドラゴンの思考などお構いなく、エリスは魔術を放ち続ける。
「はっ……はは……」
およそ百発ほど放った頃だろうか、たくさん放たれていた魔術は突然止み、まるで台風が去った後かのような静けさが場を襲った。
何故か? 簡単な話だ、エリスが魔術を放つことを辞めたからである。
ドラゴンはようやく彼女が絶望してくれた、とそう認識し、その重い体をゆっくりと起こして彼女を食べようと口を開ける。
「油断してくれてありがとう……
そして次の瞬間、ドラゴンが大きな音を立てて爆発した。
何も彼女は無策に魔術を放ち続けていたわけではない。相手の魔力と己の魔力を混ぜていたのだ。そしてそれを暴発させた、いたってシンプルだ。
「……やっぱりあなた……ほんとにいいわ……」
エリスとドラゴンの戦いを見ていたルシフルがわとても嬉しそうな笑みを浮かべて彼女に近寄ってきた。
「あなたならきっと……私を救ってくれる……」
ルシフルがそう言った直後、耳を劈くような轟音が当たりに鳴り響いた。生きていたのだ、先ほど倒したと思っていたドラゴンが。怒り狂いエリスを食べようとするドラゴン、そんなドラゴンを止めたのは、今度はルシフルだった。
「うるさいわね、死んで」
彼女がそう言った途端、ドラゴンは崩れ落ち亡骸を彼女らの前に晒すこととなった。
「さあ、戻りましょう、大丈夫。あなたならきっとなれるよ」
ルシフルはそう口にして笑い、エリスの手を掴んで家まで戻って行った。
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