第32話 割と強い筈のヒロイン

「よし、もう動ける。」

 祖父、彪鐵の攻撃によって脊椎、頸骨、大腿骨と腰椎が損傷し、頭蓋陥没、内蔵破裂数箇所という医師も匙を投げる状態でベットに寝かされていた筈であった虎千代がそう言って起き上がって普通に歩き、

「すみません、お世話になりました。」

 と一礼し、一・二時間で保健室を出ていく姿に、保健医たちは戦慄を覚えた。

 

「こいつが一番化け物なんじゃないか?」

 そう思う保健医であった。



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「ああ…来たね…」

 そう呟き、ジョッキを用意する女店主。

 その呟きには、緊張感とともに安心感が宿っていた。

 それと同時に、潤三も気を引き締める。

 どの程度にご機嫌斜めなのか…全てを彼女に捧げると誓った己に、どれ程怒りにを宿しているのか…


 場合によっては死ぬことも決意している。

 それが彼女との結婚の条件だったのだから。


 覚悟を決めた潤三は、小さく笑い、グラスの中の氷を微かに鳴らし、一気に煽った。


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 店の扉が開き、扉に取り付けられた来客を知らせる小さな鐘が鳴る。

 しかし、店内にいる全員には鐘の音など聞こえなかった。

 ただ、そこに立つ来客の気に飲まれ、時間が停止した様に固まっていた。


「いらっしゃい…久しぶりだねぇ、姐さん。」

 圧倒的な気に飲まれながらも、巡は引き攣った笑みで来客を向かえる。

「いつもだ…」

 そう言って、潤三の隣に座る寅華。

 その言葉と同時に、寅華の前にジョッキいっぱいに注がれたスピリタスが置かれる。

 それを一息に飲み干した寅華は振り向き、

「私は今、非常に機嫌が悪い。今なら代金は全て私が持ってやる…」

 客たちに淡々とそう言う。

 戸惑う客に寅華は溜息を吐く。それと同時に、彼女の目と放つ気が変わる。

「消えろ。そう言っているのだ…嫌なら消す。」

 殺すとか、痛めつけるとかではない、消す。

 骨どころか、髪の毛一本も残さず消す。

 この場に存在する全員に対して、それが本当に実現可能であると、本能に悟り、恐怖に駆られた客らが一斉に店を飛び出る。


「お前も逃げてよいぞ、潤三。」

 ムスッとして新たに渡されたジョッキを飲み干しながら言う寅華。

「逃げるなんて勿体無いことは出来ませんよ…こんなに可愛い寅華さんが見れるんですから。」

 そんな寅華の姿と言葉に臆さずに、潤三はうっとりとした表情で答えた。



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ここ経津主学園ではなく、あの男…いえ、経津主の連中がおかしいってことなのかしら…」

 新入生歓迎集会の最中、個々で襲撃する複数の上級生を相手に勝ち続けるフランセットは、そんなことを呟きながら、別次元の存在を無視することに努め、自信を取り戻していた。

 彼女の呟き通り、入学早々心を折られ、ホームシックになりかけはしたが、この経津主学園において、個々の能力でいえばフランセットは上位に位置していた。

 細剣使いとの一対一ならばに敵はいない。

 上級生相手に、そんな快進撃を続けるフランセット。


「とはいえ、数が多いですわね…」

 倒しても倒しても、代わる代わる出てくる上級生相手に、流石のフランセットも息が上がり、気力・体力共に疲弊している。

 多勢に無勢、為す術なし。

 ならばそれもよし、力尽きるまで抗ってやろう。

 そう不敵に笑い、剣を構えた。


 しかし、戦いの中、心地良ささえ感じていたフランセットの気分が一変した。


 強烈な爆破音と共に猛烈な勢いで瓦礫が飛び散る。

 瓦礫と共に高速で吹き飛んできた人影が壁に激突した。

「危ないなぁ…怪我しちゃうところだったよ…」

 砂埃立ち込める中起き上がり、そういう声。

「クソっ!!なんであれで生きているんだ!?象も消し飛ぶ爆薬だぞ!?」

 先程の爆発を起こした上級生が叫ぶ。

「まさか、その程度で象が消し飛ぶわけないですよ。」

 面白い冗談と思ったのか、砂埃の中で笑う人影に、皆が怪物が現れたのだと知った。


「全員で奴を仕留めるぞ!!」

 そこに新入生歓迎会などなかった。

 新入生も上級生も関係なく、一斉に目の前の脅威に挑んだ。

 

 経津主虎千代、最強の生物の息子には、それでは不十分だとこの場で知るのは、フランセットしかいなかった。

 




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