第31話 巡り合わせ

「あの大馬鹿…」

 

 端末から聞こえた兄の叫びに、虎春は小さく呟き通信を切った。

 兄が祖父に勝てる可能性は万に一つもない。しかし、あの兄を殺せるのは母しかいないと虎春は思っている。

 死にさえしなければ、翌日にはピンピンしてる兄だ、なんの心配もない。

 何より、虎春は嬉しかった。

 優しくも情けなかった兄が、あんな風に圧倒的強者である祖父に啖呵を切れたことに。


 まあ死なないだろうと兄の心配をやめ、

「父様は大丈夫かしら…」

 虎春は、喝を入れて送り出した父の心配をしていたが、

「大人だもん、なんとかするでしょ。」

 と関心を失い、家を飛び出した。

 

 なんとなく暴れたい。

 そんな衝動に駆られて。




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 世界を白と黒だけで分けられるなら、自分はどっちなのだろうか?

 勿論、現実はそんなにはっきりと分かれないし、分け切れる方が珍しいというか、分けられないものが多すぎて複雑だ。それこそ、白だ黒だ…グレーゾーンだなんて単純なものでなく、多種多様な色が混ざり、カオスという表現でさえ生温い真のカオス。それが現実だ。


「そんな現実の中で、自分は何なのか?何色なのか?」

 そう自身と周囲に問う、隣のベットの少年のカーテン越しの言葉に、虎千代は無意識に考えていた。


 色で自分を例えるのなら、何色なのか…

 そもそも、色とは何なのか?『白と黒』とはよく言う表現だが、黒が悪で白が正義だとするのなら、他の色は何なのだろう?

 虎千代には分からなかった。自分がなんのために生まれ、なんのために生きるのか。

 瞼を綴れば、蘇って来る母による教育という名のトラウマの数々と、家族との幸せな日々。

 困難こそ数あれど、衣食住に困る事なく生きられたのは、多分恵まれているのだろう。うん、多分恵まれている…

 深く刻まれたトラウマと同時に、優しい父と可愛い妹の顔が思い浮かぶ。

 トントンかな…

 そう思った記憶の最後…つい最近の出来事の二つ、虎千代の脳裏に焼き付いた光景と言葉がフラッシュバックした。


 一つは、この世で最も強く、最も恐ろしい人物。

 母、寅華の泣き顔と、『一生守ってやれんのだ…』という言葉。

 そしてもう一つ、初めて出来た友達であり、多分恋なのだろうと、恋を知らぬ虎千代の心を掻き乱すフランセット・ラ・フォンテーヌの姿。

 その二つが、虎千代を混乱させていた。


「君はまだ透明だね。しかし、曇った透明だ…何色でもない。」

 何を察したのか、シャーっと勝手に仕切りのカーテンを動かし、そう言う隣の男。

 美形だが胡散臭い金髪の少年と目が合った虎千代は天を仰いだ。

 また面倒臭そうなのが現れたと…


「戸惑うことはない、僕は特殊部門特選科二年、有天あるて蘭鳳ランボー…人は僕を色彩の魔術師と言う。」

 無駄にイケメンフェイスで芝居掛かった口調で言った。

 

 ああ、この人とは関わらない方がいいな。

 そう本能的に察する虎千代であった。


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「このど阿呆!!何が色彩の魔術師や!!誰もそんなこと言うとらんわ!!サボっとらんで授業出んかい、ホンマに単位やらんで!!」

 欄鳳の頭に勢いよく拳骨を落とした音と、怒鳴る女性の声が響く。

「痛いよ先生…僕の桃色の脳細胞が減ってしまったじゃないか…」

 涙目で頭を抑える少年に、先生と呼ばれたボーイッシュな雰囲気の若い女性は容赦無く少年の首根っこを掴みベットから引き摺り落とす。

「なにが桃色の脳細胞や!!お前の脳細胞はババ色や!!吐く言葉もゲーと変わりゃせん!!大概にせんと、仕舞いにゃ、理事長にシバいて貰うで!!」

 そう言って蘭鳳を引き摺る女性。

「あ…理事長はマジで勘弁してください。すみません…本当に反省してますきょうちゃん。愛してるんで許して下さい。」

 と真顔になって引き摺られる蘭鳳は言うが、

「このたわけっ!!教師誂うんも大概にせぇ!!理事長に頼むまでもない!!ウチがそのひん曲がった根性叩き直したるわっ!!」

 と火に油を注いだ様子で、引き摺られて医務室を出て行った。


 愛か…

 そんな光景を遠い目で見ながら、虎千代はフランセットの姿を思い浮かべていた。




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 『居酒屋巡』は特殊な酒場だ。

 それは、『巡』が店を構える貧民区画において決して有り得ない特権を持つからであった。


 嘗て『ヤクザ』や『暴力団』と呼ばれたアウトロー組織は、『ヨモツ』と称される様になった。

 そんな『ヨモツ』は国内に無数に存在するが、その大多数を傘下に収め、海外のアウトロー組織にさえ多大な影響力を持ち、国内外問わず多数の有力者と繋がりまでも持つ最大『ヨモツ』、『卯斗うと』。

 貧民区画で『兎斗』に逆らって生き残ることは不可能とまで言われる。

 それ程の力を持つ『卯斗』のお膝元である区画において、唯一上納金を免除された酒場が『居酒屋巡』である。


 何故免除されているのか、それを知る者は数少なく、知っている者も口を閉ざす。

 そんな背景があり、『卯斗』の影響の及ばぬ唯一の場所なのではないかという噂が生まれたり、『卯斗』でさえ手を出せない場所という噂が立ったりしたことで、『居酒屋巡』は特殊な酒場と認識され、結果的に、貧民区画で最も安全な場所と言われることもある。


 噂の大半は事実であるのだが、大きな間違いがある。

 『居酒屋巡』が最も安全であるというのは色間違っていないのだが、それと同時に、最も危険な場所である。


 常連客が経津主寅華。

 それが全ての答えだった。


 


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