第26話 立ち上がった悪鬼

「俺が負けるなんざ、ありえねぇんだよっ!!」

 地に伏したモヒカンたちの中から、剃り込みの入った真っ赤な坊主頭の男が立ち上がりながら怒声を上げる。

 スラムで悪鬼羅刹の悪童として名を轟かせた赤藤しゃくどう進雄すさのお

 力と数、全てにおいて優位に立つ上級生たちを前に、頭から血を流しながら再度立ち上がった。


「ず組にも、気概のある奴がいたようだな。」

 襲撃者たる上級生たちの筆頭たるかすめケンゴロウは、立ち上がった進雄に向き合う。

 ケンゴロウの構えは、対等の武闘家であると敬意を持ったものであった。

「気概だぁ?知らねぇよそんなもん!!喧嘩は立っていた奴が勝ちだ!!」

 頭から流れる血で塞がった目のまま、怒鳴る進雄。フラフラとした足腰から、既に限界を超えていることが分かるのだが、彼の心は折れていないどころか、燃え上がっていた。

「最後に俺が立ってりゃあ、俺の勝ちだ…卑怯も汚ぇ手もねえぞ、先輩!!」

 ニヤッと笑う進雄は素早く一歩を踏み出した。



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「ちょっと待って、なんで僕を掴むんだよ!!」

「うるせぇっ!!言っただろ、勝ちゃぁいいんだよ!!」

 虎千代の不平を一切無視した進雄は、そう言うと虎千代の襟首を掴み、

「無敵ガード!!」

 迫り来るケンゴロウの前に虎千代を付き出す。

「痛たたた…」

 激しい突きを数十発を受けながら、それだけで済んでしまう虎千代。

「死ねや、コラァ!!」

 そんな盾(虎千代)を踏みつけて跳躍した進雄は、ケンゴロウではなく、違う上級生に強烈な一撃を放った。

「まずは一人。」

 血塗れで笑う進雄の姿は、正に悪鬼羅刹。

「いくぜ、俺の盾!!」

 そう言って再度虎千代の襟首を掴んだ。

「誰が盾だ!!」

 温厚な虎千代とはいえ、流石に怒鳴る。

「言ってんだろ、勝てばいいんだ。オメェが最強の盾で俺が最強の矛、それがありゃぁ、俺は負けねぇさ。」

 不敵に笑う進雄に、虎千代は呆気に取られた。


 彼は、母と同じ部類の存在なのかもしれない。

 しかし、母とは違う。

 共闘するという術を知った…個の力の限界を知っている者だ。

 そう思った虎千代は、彼とは友だちになれるかもしれない、そう思った。

「君は勝つ気なの?」

 そう問う虎千代。

「当たりめぇだ!!勝者は俺一人でいい!!」

 その問いに、そう宣言し、虎千代を棍棒の様に振り回す進雄。


 こいつとは友だちにはなれないな。


 そう思いながら虎千代は上級生たちに激突していた。



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「何の用だ、巳香?」

 返り血に塗れた身体を、豪雨で洗い流す寅華は、天を見つめながら、跪く従妹に問う。

「寅華様…真の意味で本家にお戻り下さい。寅華様は、経津主の柱であります。」

 蛇の如く、獲物を逃さぬ巳香の目は、寅華と潤三の間に起こった些細な喧嘩も見逃さない。

「わざわざ、そんなことを言いに来たのか?貴様に言われずとも、私が経津主であることは変わらなければ、潤三の妻であり、二人の子の母であることは変わらぬ。」

 そう告げて歩き出す寅華は、

「…されど、お前たちに対する思いも変わっておらんよ。」

 雨の滴る弱々しい笑みで振り返る。

「お姉様っ!!」

 涙と雨垂れが混じり、歓喜と悲痛の混じった顔で巳香は叫んだ。

「私は、一人だ。一人でしか、経津主としてしか生きられぬ一匹の寅であり、一輪の華である。そう育てられ、そう生きてきたつもりだ。」

 それに対し、寅華はそう言って、巳香の肩に顔を埋めた。


「それなのに、夫が、子らが愛おしくてならんのだ…」

 震えた寅華の声。

 巳香は敬愛する最強の主の涙を初めて見た。

 普通の夫婦であれば、ほんの些細な喧嘩でさえ、孤独の中で生きて来た姉にとって、耐えられぬ悲しみであるのだと知った。

「お姉様…」

 巳香はそう呟き、そんな寅華の身体に手を回し、恐る恐る抱き締めた。


 最高にして最強、敬愛する人の弱さは、巳香の心を深く傷付けた。


「私は、どうやっても貴女の一番になれないのですね…」

 血と雨が混じったスラムの路上で、二人の美女が抱き合い、涙を流していた。






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