第25話 最硬者

「あ、あべしっ!!」

 ず一年ず組のモヒカンがそんな悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。

 鍛え抜かれた上半身を顕にしながら、指先一つでモヒカンをダウンさせた男を筆頭に、複数の只者ではないオーラを放つ男たちがモヒカンたちを一掃していた。


「今年も、ず組は愚図の集まりの様だな。」

「力の意味が分からぬ愚か者が大半だ。厳しく教えておかねばな。」

 一年ず組の制圧を終えた男たちは、そんな会話を繰り広げていたが、

「まだ、もう一人残っているがな。」

 上半身裸の男の言葉で、男たちの視線が、教室の入口で右往左往していた虎千代に向かった。

 殺気立った視線を一身に受けた虎千代は、恐る恐る言う。

「よ、弱い者いじめは格好悪いですよ?」

 己の弱さを知る虎千代は、引き攣った顔でそう言った。


「何故効かない!?」

 男たちから困惑の声が上がり始める。

 四方八方から繰り出される男たちによる攻撃。その全てを躱す、ことなど出来ずに、モロに受けながらもノーダメージな虎千代。

 相対する男たちは違和感しか感じていなかった。

 攻撃を読まれたり、見切られたわけではない。寧ろ、力量差は明白だった。

 為す術もなく一方的に攻撃を受けるだけのサンドバッグの様になっているのに、どこか余裕が見えるからだ。

 男たちも、目の前の新入生が異常なのは知っていた。しかし、その予想を超える異常な迄の強硬な肉体に対し今だ有効打を与えられず、混乱していた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−


 あれ?…想像の数十倍痛く無い。


 虎千代はそんなことを思いながら攻撃をしゃがんで受け続けていた。

 虎千代からしたら、担任の玄武から食らった拳骨を物凄く優しくした程度であり、彼にとって脅威となり得る威力(母のお仕置き)と比較すれば、ちょっと布が硬いぬいぐるみを投げつけられている程度だった。

 つまり、ほぼほぼノーダメージとはいえ…

「経絡秘孔って…殺す気ですよね!?」

 上半身裸の男に対して涙声で叫ぶ虎千代。

「無論だ。寧ろ、こちらが聞きたい。何故効かぬ?」

 自身の扱う、門外不出の武術さえ、知っているのか…

 上半身裸の男、名をかすめケンゴロウ、百年に一人の天才は、自身の放った一撃必殺の拳を平然と受ける少年に問うた。

 ケンゴロウは、あらゆる武術を取り込み、超越することを目指す経津主の血、その力を知ることになる。


 内より破壊する暗殺拳の達人である徒手部門秘伝科の三年生、一子相伝の暗殺拳の後継者(現後継者は三人)である彼からすれば、一撃必殺の拳を何度も的確に受けながらも無傷な虎千代に恐怖を感じていた。

 何故無事なのか?何故無傷なのか?

 彼には理解出来なかった。


「昔は、毎日数百発は内経破壊を食らってたので…」

 遠い目をして答える虎千代。

 あらゆる武術を習得し、全てで歴代一の強さを誇る母、寅華の拳による英才教育を受けた虎千代にとって、百年に一人の天才の拳程度であれば、脅威とはなり得なかった。

「怪物か…ならば、こちらも持てる奥義を全て出さねばなるまい…」

 スーゥっと、ケンゴロウの目とオーラが変わる。

 

 真の武闘家が虎千代の前に現れた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−



「負けた…?俺が…?」

 一年ず組、その教室内で倒れたモヒカンたちの中で地に伏しながら呟く男がいた。

「あり得なぇな…俺が負けるなんてよぉっ!!」

 ず組の中で数少ないモヒカンでない男が立ち上がった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−



「寅華さん…」

 脱け殻の様になった潤三は、居間の片隅で最愛の人の名を呟き続けるだけの何かと化していた。

「父様…キモい。」

 そんな父の姿を、流行りのファッション情報配信を眺めながら、冷めた目で言う、思春期真っ盛りな娘、虎春。

「妻の出ていかれ、娘に気持ち悪がられ…父親失格だなぁ…」

 今にも霞となって消えそうな表情でそう呟く潤三。その目から涙が溢れる落ちる。

「〜っ!あぁっもう!!情けないったらありゃしない!!」

 そんな父の姿に、映像を見ていた端末を放り投げ、ソファから起き上がる虎春。

「こ、虎春ちゃん…?」

 突然怒り出す娘に、父、潤三は戸惑う。

「ウジウジしてる暇があるなら、さっさと謝りに行けばいいでしょ!!悩むだけ無駄って分かってるでしょ!!」

 そんな娘の言葉に、父は問うた。

「虎春ちゃんは、パパが間違っていると思うのかい?」

 自分の中では、子どもたちのことを思って言った。しかし、それが違っていたのなら…

 そう思い娘に問う。


「父様が正しいに決まってるわよ。でも、強い方が正しいのよ。」

 諦めた様な目で娘が言うのを、潤三は遠い目をして聞いていた。

「ねえ、父様。父様と母様、どっちが強い?」

 そう問う娘に、潤三は迷うことなく答えた。

「勿論、寅華さんだよ!!」

 潤三にとって、この世で最も強く、そして美しいのが妻であるのだから。

「だったら、強い者に従うのが世の理なんだから、母様とよりを戻したいなら、父様が謝るしかないでしょ。…私は反対だけど。」

 潤三には、娘の言葉の最後に漏れた本心は聞こえなかった。

「虎春ちゃん…ごめん、夕飯は作れないかも。」

 虎春は、上着を羽織る父に無言で手を振って見送った。


「バカみたい…」

 そう呟きながら放り投げた端末を拾う虎春。

「謝るきっかけが欲しいだけなんて…子どもと一緒だわ…」

 そう言って、再びソファに寝転び、

「壊れてる…」

 全体的にヒビが入り、何も映すことの無くなった端末を見つめ、虎春は怒りと悲しみの混じった声で端末にとどめを刺す。

 

「最新のを買わなきゃ許さないからっ!!」

 母を探しに旅立った父に向け、そう叫ぶ娘であった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る