第21話 夫婦喧嘩勃発

「ホルモン焼きの〆はうどんに限る。」

 

 食卓に置かれたホットプレート。ホルモンをひたすら焼いた鉄板に溜まった油を吸収したうどんの麺、そこに焼肉のタレをドバァッ!!とかける。

 うどんと残ったホルモンとキャベツや玉ねぎ、人参といった野菜と共にタレと油が混ざり合う。

 ホルモンと白米をたらふく食べたというのに、尚食欲を駆り立てる匂いが虎千代を襲った。

 

 今日の夕食は、母と妹が大好きなホルモンだった。

 勿論、虎千代とて嫌いではないし、好きな方だ。寅華や虎春の様に、異常に好きというわけではないだけで。

 そんな一家がホルモン焼きをした際、決まって〆はホルモンうどんだった。

 本場のものとは異なるが、家庭独自のこの味は、〆なのに、寧ろこれがメインという程美味しいのだ。


「あっ!虎春ちゃん、僕の取らないでよ!」

「煩い!私は育ち盛りなの!」

「毎度のことだけど、何玉あっても足りないね。」

 兄妹が凄いスピードで奪い合い、消えていく鉄板の上のうどんを見ながら、父は笑う。

「おい、おかわり。」

 空になったジョッキを潤三に差し出す寅華。

 うどんをつまみにビールを飲む母は、相変わらず鋭い眼光で子どもたちを見ていた。

 いつも恐ろしい量を食す彼女だが、子どもたちに譲る様に、この時は一皿分盛っただった。

 ジョッキを受け取った潤三は、素早く台所に向かい、寅華の為に用意されたサーバーから生ビールを7対3の、絶妙な比率で注ぐ。

「どうぞ、寅華さん。」

 ジョッキを差し出された寅華はそれを受け取り、豪快に、一気に飲み干す。

「もう一杯。」

 そう言ってグラスを再び潤三に差し出す。

「はい、どうぞ。」

 再度黄金比率で出されたジョッキを受け取った寅華は、今回は一気に飲み干さずに、じっと見つめていた。

「寅華さん?どうかしましたか?」

 そんな妻の姿に、何か聞きたいことがあるのだと察した潤三は、隣に座る。

 子どもたちは賑やかにうどんを奪い合っていた。


「潤三…私は、駄目な母なのだな…」

 ポツリと、二人だけにしか聞こえない声でそう漏らす寅華。

「寅華さん…」

 潤三は彼女に掛ける言葉に悩んだ。

 彼女にとっての正義は強さ。強ければ生き残れる。彼女なりに子どものことを思って厳しく(厳しい過ぎる)教育を行っていたのだと潤三は思っている。

 勿論、彼女がそういう生き方しか知らなかったのだから、そういう教育になったのも分かっている。

 しかし、経津主寅華という一人の女性を最も知る者として、彼女が子どもを一番に考えているのも分かっている。

 だからこそ、中途半端な言葉を言いたくなかった。


「嫌われ、避けられるもやむなしと覚悟はしていた…」

 グイッ、とジョッキを煽る寅華。

「親の心なんて、子どもにはわかりませんよ。僕だって、今だに両親の思いは理解出来ませんし、理解したくもありません。」

 潤三は、そう優しい目で寅華を見つめて、囁く様に言う。彼も彼でいろいろあったのだ。

 しかし、潤三の論点と、寅華の論点はズレていたらしい。

「…理解して欲しいとは思っておらん。そこは分からせればよいのだ。問題は、二人揃って弱過ぎるということだ。母として、子らを立派な強者オトナに出来ておらぬのだ…これ程、己を情けなく思ったことは無い。」

 ガックリと項垂れて言う寅華。潤三にとって、彼女がそんな風になっている姿を見るのは初めてだった。

 潤三の心には、最愛の人を励ましたいと思うと同時に、これ以上子どもたちに負担を掛けたくないという思いもある。

「僕から見れば、虎千代も虎春ちゃんも、充分強くなってますよ。無理して焦らず、見守ってあげてもいいと思います。…当然、時には、寅華さんの指導も必要になると思いますけどね。」

 結局、中途半端な意見を述べ、それを笑顔で誤魔化す潤三。

 そんな夫の言葉に、寅華は口を尖らせ、

「お前は甘い。あの程度では何かあった時どうするというのだ?世の中には様々な危険があるのだ、私に勝てぬ様では、危なっかしくて安心出来ぬ。」

 とんでもないことを言い始めた。


「…二人を寅華さんよりも強くするってことですか?」

「当然だ。あの子らが産まれた時からそう決めている。」

 潤三の問いと、そんな夫と意見が合わず、少し不機嫌そうに言う寅華。

「無理じゃないですかね…」

 潤三は結婚後、初めて寅華と異なる意見を呟いた。



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「無理だと!?決めつけるな!!」

 夢中で食事を奪い合っていた兄妹は、母の怒声に箸を落とした。

「そういうことを言っているんじゃない!!寅華さんは、もっと自分を理解しないといけないと言っているんだ!!」

 そして、初めて父が声を荒げる姿を見た。

「私は私だ!!誰よりも自分を理解している!!」

 怒りと悲しみの混じった声。虎千代は、初めて母の目に涙が溜まっているのを見た。

「…私の方が先に死ぬのだ。一生守ってやれぬのだ…」

 想像も出来なかった、弱々しい母の声に身動がとれなかった。

「寅華さん!!」

 潤三の声も無視し、母は姿を消した。

  

 寅華が消えた食卓。

 普段なら喜べるのに、そんな気分にはなれない。

 魂が抜けた様に膝から崩れ落ちた父と、恐怖と困惑で泣きじゃくる妹。

 虎千代自身、戸惑いと驚愕で固まっている。

 まさか、あの父が、あの母と喧嘩出来るとは思っていなかったし、母が涙を見せるとも思っていなかった。  


 父と母が、何を話していて喧嘩になったのか、虎千代は知らないし、一家の今後がどうなるのかも分からない。

 しかし、絶対に一族が荒れる。

 それは分かった。 

 






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