第20話 健康診断
やはり、この新入生は別格か…
百戦錬磨の武人たる玄武剛健。経津主の上位に匹敵する力を持つ彼を以ってしても、異次元、神域を超えた怪物としか思えない経津主寅華。
彼女の一撃を平然と耐える虎千代という少年が、寅華の息子であるということは、教官として知っている。
元々、理事長の息子だからと手心を加える気は微塵も無かったが、手心を加える余裕など無い相手、怪物の子は怪物なのだと、決意を改めた。
「さて、お前らクズ共最初の授業は身体測定だ。直ちに体育館に迎え!!」
気持ちを切り替え、何事もなかった様に言う剛健。
「因みにだが、身体測定で合格出来なかった者には、退学か、死ぬよりも恐ろしい処罰がある。」
付け足された言葉に、虎千代は青ざめていた。
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身体は健康そのものだし、病気も無い。強いていえば母、寅華アレルギーだが、それは人類共通だから仕方ない。
特に問題なさそうな虎千代には、懸念事項があった。
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「…なんで君には肋骨が無いのかな?」
レントゲン検査の結果を見る保険医から問われる虎千代。
保険医の言葉通り、彼の肋骨は母に消され、現在存在していない。
「母に奪われまして…いや、あと数日したら戻ってくるんで大丈夫なんですよ!!」
正直に説明する虎千代だが、保険医は怪異を見る目で彼を見ていた。
「ほ、本当なんですって!!あ、証拠を見せますね。…痛いけど仕方無い。」
保険医の反応を見て、覚悟を決めた虎千代は、自らの腕を折った。
「ちょっと!!アナタ何してるのよ!!」
目の前で起こった凶行、キレイにポッキリと折れた虎千代の左腕を見て、保険医は慌てる。
「大丈夫です。すぐくっつくんで。」
腕を正常な方向に戻しながら言う虎千代の笑みに、保険医は狂気を感じた。
「ほら、すぐ治るんですよ。肋もそんな感じであと数日で治るんで…勘弁して下さい。」
死ぬよりも恐ろしい処罰、それを理事長こと母が行うのなら、腕の一本くらい安いものだと思って行った虎千代だった。
彼の言葉通り、腕は元に戻っていた。
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「全クラスの健康診断が終了しました。総員異常無しです。」
経津主学園の校長室で保険医がそう伝える。
「そうか…では、例年通り『新入生歓迎会』を明日開催する。玄猪、手筈はお前に任せる。」
経津主学園校長、経津主
「了解、死人が出ねぇ程度に暴れさせていいんですよねぇ?校長。」
不敵に笑いながら言う玄猪。
「ああ、寅華…理事長の許可も下りている。お前の裁量に任せる。」
一族以外の者もいる室内である為、呼び方を訂正して言う彪鐵。
「お嬢の要望はありやしたか?」
寅華の名が出たことで、目の色を変えて問う玄猪。
「無い。というより、あの男は気に食わんが、だからといって、お前も寅華に相応しくとは思っておらんからな!!」
そんな玄猪に、父としての思いを伝える。
寅華は、最愛して、最高で最強の愛娘。
「寅華ぁ…誰にも渡す気は無かったのに…」
娘が婿を取って既に十五年以上が経っているのに、まだ現実を受け入れていなかった。
おいおいと泣きじゃくる彪鐵。
齢五十を超えたおっさんがガチ泣きする姿にいたたまれず、玄猪は話題を変えようと口を開く。
「そ、そういや、小お嬢がこの間誕生日でしたねぇ!!今年から中学生ですよね!!」
小お嬢、要するに虎春のことだ。
「…ああ、虎春ちゃんは今年から中学生だ。誕生日プレゼントも、入学祝いも頑張って選んだんだけどなぁ…」
あ、また別の地雷を踏んだ。
そう玄猪が思った時には遅かった。
「『爺様、私はもう子どもじゃない』って怒ってた…ごめんよ虎春ちゃん…爺様に中では、虎春ちゃんはいつまでも小さい頃のままなんだ…」
思春期真っ盛りの虎春にとって、何時までも幼子の頃のまま扱われるのは嫌なのだろう。
しかし、可愛い愛娘の幼少期と瓜二つの孫娘が可愛くてしょうがない彪鐵にとって、虎春の成長は嬉しくも受け入れられないのであった。
駄目だこのおっさん…
玄猪は遠い目をしながら泣きじゃくる彪鐵を見ていた。
嘗ては次期当主として、経津主ナンバー2の実力と覇気を持っていた彪鐵だが、寅華の結婚と孫(虎春)の誕生を期に、只の親バカで孫バカのおっさんに成り果てていた。
「小お嬢だって年頃なんで仕方ないでしょう。」
「虎春ちゃんはずっと小さいままだと思っていた…いや、小さいままなんだけどね…」
玄猪の言葉にそう返す彪鐵。
彪鐵の言葉通り、虎春は成長期が遅く、まだ背は低いし、身体も小学生のままだ。しかし、直に成長期も来るし、何より、そういうことではない。
背丈や体つきが子どものままであっても、
それは彪鐵だって頭では理解しているが、心はそれを受け入れたくないのだ。
「あー…なんか暴れたい。虎春ちゃんが将来結婚するとか絶対認めない。そもそも寅華の結婚自体認めてない!!」
取り乱す彪鐵。
「もう駄目だ、このオヤジ…」
思わず言葉を漏らした玄猪。
「誰がオヤジだこのガキ!!」
強烈な一撃が玄猪を襲い、床に叩きつけられる。
なんやかんやいっても、彪鐵は経津主ナンバー2の実力者。
一族の中でも、上位十指に入る玄猪でさえ、彼との力の差は明白であった。
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「ぺくちゅっ!!」
血と火薬、鉄錆の匂いが漂う廃墟で虎春はくしゃみをした。
「砂埃が鼻に入った…」
鼻を啜りながら呟く虎春。
「やっぱり雑魚ばっかりでつまんない…」
兄に伝言を伝えた後、暇潰しに違法地下格闘技が開催されているという廃墟に訪れていた虎春だったが、彼女の相手になる者はいなかった。
かといって、自分よりも強い相手に挑む気は微塵も無い。
自分よりも強い相手とは戦わない。
それが虎春の必勝の策であり、生き残る術だった。
「そろそろ、
虎春の母、寅華は、経津主一族の現当主であるが、一族の本宅に住んでいない。
本宅敷地内に別宅で一家が暮らしている。
徒歩一分で到着する本宅だが、滅多に本宅に行くことはない。
寅華はそもそも家にいないことが多いし、家にいる時は、大抵を夫婦の時間に使う。
虎千代と潤三に至っては、そもそも本宅の敷居を跨ぐことを許されていない。
そして、虎春の場合…
「面倒だから行きたくないけど…」
本宅に行くと、必要以上にちやほやされる。
母の血を色濃く受け継ぐ虎春は、羨望と期待の眼差しを一身に受けていた。
しかし、虎春が本宅を面倒くさく思うのは、その眼差しだけではなかった。
ことあるごとに持ち掛けられる縁談。
寅華の血を欲する一族たちから、その気も無い縁談を持ち掛けられるからであり、その話がある度に、彪鐵が怒り狂うからであった。
「爺様は嫌いじゃないけど、子ども扱いするから嫌い…」
唇を尖らせてスラムを歩く虎春。
「おいおい、ガキが来る所じゃねぇぜ?」
「でもコイツ、可愛い顔してるぜ。ロリコンの変態に売り飛ばしたら、多少の金になるだ
ろ。」
下衆い笑いを浮かべた男たちが虎春を囲む。
「誰がガキだって…?」
小さな身体から放たれたとは思えない、ドスの効いた高音が男たちの耳に響く。
「…ま、マズイ!!コイツ、ストリートの悪魔だ!!」
青筋を立てた虎春の顔を見て、リーダー格の男が絶望的な悲鳴を上げる。
「虎春様だろぉがぁ!!舐めてんじゃねぇぞゴミ虫共ぉ!!」
虎春の蹂躙が始まり、一瞬で十数人の男たちが半殺しにされる。
「ガキって言った奴、正直に言え。…殺してやるから。」
返り血を頬に浴びながら怒り心頭に笑う虎春だが、言葉を発することが出来る者はいなかった。
「っち…雑魚が!!」
苛立ちながら男を蹴飛ばし歩き出す虎春。
経津主虎春、十二歳。
身長は138cm、凹凸の無い幼児体型。
史上最強の生物である寅華の娘として、その血を色濃く受継ぎ、天性の武闘家であるが…
「いずれ母様みたいになるもん…」
背丈は183cm、胸囲は三桁の母を持つ母。
娘は、真っ平らな胸を撫でながら呟く。
如何せん、彼女はまだ幼かった。
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