第14話 入学式終了後
惨劇の跡
講堂の中は、死屍累々と横たわる生徒と、恐怖と絶望に膝を付く者、辛うじて立っている者も、脚が震えている。
そんな中、ボサボサの、長い焦茶色の髪を靡かせながら、欠伸をして壇上に戻る人物がいた。
経津主学園の新理事長、経津主寅華である。
再度演台に立った寅華は、
「以上だ。」
そう一言だけ発し、祝辞の、式典の終わりを告げた。
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入学式が終わり、生徒たちが起き上がり、動ける様になる迄に一時間近く掛かった。
上には上がいる。
それを思い知った生徒たちだが、受け取り方はそれぞれ違った。
「要するに、俺もアレくらいになれるってことだな。」
そう目指す目標とした者もいれば、
「ここでやっていける自信が無くなった…」
と心が折れた者もいた。
そんな中で、上級生や教職員たちはそれらの感情と共に、一つの確信を持った。
「今年の新入生の中に、ヤバいのがいる。」
虫ケラの様に、いともたやすく生徒や教職員を瞬時に蹴散らす、史上最強の武神、経津主寅華の拳を数十発耐える強靱さ、恐らく、あの新入生は人ではない。
そう警戒の目を、件の新入生、経津主虎千代に向けられていた。
当の虎千代は、そんな視線に気付くことはなく、
「また肋が消えた…治るの時間掛かるのに…あぁ…脚が変な方向向いてるよ。」
肋骨のあった箇所を擦りながらそう言うと、ゴキ!という音を立てて曲ってはいけない方向に曲がった脚の骨を元の位置に戻す。
数秒経った後、
「よし、くっついた。」
そう言って、何事もなかったかの様に立ち上がる虎千代を、皆、UMAを見る様な目で見ていた。
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「ただいま。」
陰鬱な気分で帰宅した虎千代。
生まれて初めて友達が出来た喜び、そんな喜びが消し飛ぶ様な悲劇に見舞われた入学式。
そんな式が終わった後も、誰からも話しかけられず、近付くと逃げられた。
流石の虎千代も、少し泣きそうになってしまった。
「お帰り。ご飯出来てるよ。」
優しく迎えてくれる父の言葉に、涙が溢れそうになるが…
「おかわり。」
息子の帰宅よりも、自身の食欲を優先する大魔王が食卓に座っているのを見て、涙が一瞬で引っ込み、死んだ魚の様な目になる。
「大盛りでいいですよね?…虎千代も、手を洗って早く食べなさい。」
そう言って寅華の掲げた茶碗を受け取り、台所に向かいながら虎千代に言う父。
そんな場から離れる様に、虎千代は父の言葉に従い、洗面所に向かった。
「はい、山盛りにしましたよ。…あ、寅華さん、ほっぺにご飯粒が…」
「ん?どこだ…?」
「ここです…取れました。」
いちゃつく両親の声を背に受けながら。
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「辛い…」
手を丁寧に洗い、うがいを終えた虎千代は、洗面台の縁に手を起き、へたり込んでそう呟いた。
恐怖の大権現がずっと家に居るだけでなく、学校でも一緒。
それだけでも辛いのに、毎日見せられる両親のイチャつき。
幼い頃は分からなかったけど、高校生になった今なら分かる。両親のそういった情事は知りたくもなかったし、知らないでおきたかった。
資源ごみの袋に入った大人のドリンク剤とか、洗濯された派手な下着や汚れたシーツ。
そういったものが目に入り、想像したくないのに、絶賛思春期な虎千代の想像力を掻き立て、深い後悔に苛まれる日々。
「家族が増えたらどうなるんだろう…」
家族が増える、それが弟であっても、妹であっても、きっと可愛いと思えるし、嬉しいとも思う。
それと同時に、あの地獄を味わう者がまた一人増えるのか…とも思い、複雑な感情もある。
何よりも…
「歳の差がなぁ…」
現在、虎千代は十五歳。もうすぐ十六歳になる。
母、寅華は三十一歳。
仮に最短で弟か妹が産まれた場合、母と自分の歳の差と、自分と産まれてくる弟か妹の歳の差がほぼ同じになる。
そんなことを考えてふと思う。
「母さんは、ほとんど僕と同じ歳で僕を産んだんだ…」
史上最強の生物と恐れられる母は、僕を身籠った時、どんな思いでいたのだろう?
不安はあったのだろうか?
それとも、不安も心配も無かったのだろうか?
人の域を遥かに超え、神の領域にあると称される母なら、後者が正解な気がする。
様々な思いや感情が渦巻く、思春期の虎千代は、自身の腹の虫が鳴くのを聞き、立ち上がる。
「お腹空いた…」
人は飢えの苦しみには勝てない。
心中にもやもやとしたものを抱えながら、食卓に向かうのだった。
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