第13話 経津主学園入学式

「ここの生徒というか…大変不本意ながら、これからここの生徒になるというか…」

 煮え切らない答えをする虎千代に、フランセットは、自分と同じ新入生だと知る。

 同学年でもこれ程の怪物がいる。

 入学前から挫折感が彼女を襲うが、それ以上に、虎千代の、あまりにも破天荒な登校スタイルが気になって仕方なかった。

「…それにしても、とんでもない勢いでここに飛来したけど、それが経津主学園の正当な登校なのかしら。」

 経津主学園は異次元の世界。そう先入観を持ち、虎千代との出会いでそれが強まっていたフランセットは、的外れな質問をした。

「はは、まさか!僕は猛スピードで走る大型トラックに撥ねられただけで、普通は歩いて来るよ。」

 面白い冗談と思った虎千代は、笑いながらこうなった経緯を話す。


 フランセットは、もう訳が分からなくなっていた。

 何故、猛スピードの大型トラックに撥ねられ無傷なのか、何故それを笑って言えるのか…

 バベットの言っていた通り、この男はヤバい!!

 そう確信したフランセットは、引き攣った笑みで問う。

「あ、貴方、名前は?」

「虎千代、不本意だけど、経津主虎千代です。」

 フランセットは、虎千代の口から出てきた姓に妙に納得出来た。

 経津主なら仕方ないか…

 フランセットは、遠い目をしながら空を見た。


「そ、そう…私はフランセット・ラ・フォンテーヌ、貴方と同じ新入生よ。まあ、留学生扱いだけど。」

「よ、よろしくお願いします…」

 フランセットのは、格上の相手に対する警戒心から。

 虎千代は、初めて同級生と会話した喜びと緊張感から。

 二人はぎこちない自己紹介をした。


「そ、それじゃあ、私は行くわね…」

 背後を狙われたらどうしよう…そう警戒と心配をしながらも、いち早く距離を置きたいフランセットは、そう行って立ち去る。

 対する虎千代は、そもそも背後を狙う気など微塵も存在してないし、何より、初めて同級生と、しかも女子と会話した興奮で、それどころではなかった。


 初めて友達が出来たかもしれない!!しかも、綺麗な女の子。

 虎千代は、それまで嫌で仕方なかった学園への入学が、薔薇色のものに思えてきた。

「母さん…今まで大魔王とか、恐怖の大権現とか言ってごめんなさい。貴女に無理矢理入学させられたこの学園で、初めて友達が出来ました…」

 上を向いて、そう呟く虎千代は、産まれて初めて母に感謝した。

 何故だろう…上を向いているのに、涙が溢れてくる。


「頑張るぞ!!」

 学園に対して、前向きに向き合える気がした虎千代は、歩き出す。

 

 そんな気持ちがへし折られるのは、一時間後のことである。



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 近年、小・中・高・大に関わらず、学校における入学式や体育祭、学園祭、卒業式等の生徒や保護者が集まる行事や式典が行われることは無くなっていた。

 そうなったのは、治安の悪化に伴い、誘拐や襲撃が日常化した現代で、そういった状況を設けることのリスクが高過ぎるが故である。 

 しかし、ここ、経津主学園だけは違った。

 時代の流れに逆らい、今だにそれらの行事や式典を行っていた。

 理由は単純。


「よく来たな!!新入生よ!!」

 経津主学園の生徒会長、東郷とうごう重等しげとしの威勢の良い一言で入学式は始まった。

「この学園は、師弟関係はあれど、上下無し!!強さこそが全て!!覚悟と力を示せ!!」

 荒々しい祝辞を述べた生徒会長に対し、生徒たちは猛々しい雄叫びを上げる。

 その講堂中に響く声を聞いて東郷は大きく頷き、勇ましく壇上を降りる。

 

 経津主学園の特色、それは、入学生全員が武闘家、それも、経津主の考えに賛同した、特に血の気が多い者が大多数を占める。

 そんな血の気盛んな学園の教職員は、手のつけられない暴れん坊共を、力で押さえつけることが可能な、これまた血の気盛んな、超一流の武闘家たちばかり。

 この条件により、誘拐にせよ、襲撃にせよ、それらの実行側にリスクが高すぎて標的になり難い。

 それに加え、学園創設当初、数度そういう襲撃等が行われたが、良い実戦の機会を得たとばかりに荒れ狂う生徒たちと、一人たりとも打ち漏らさない教職員によって幾度もなく撃退どころか、襲撃側が壊滅したことで、

あそこ経津主学園はヤバい』

 と認識され、そういうことは起こらなくなっていた。

 逆に、学園側は襲撃されなくなり、がっかりしていた程度には、一線を画した異常な学園であった。


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 そんな学園の教職員たち−超一流の武闘家であり、銃器を持った武装集団を笑って潰す猛者たち−でさえも、緊張した面持ちで壇上に登る女性を目で追っていた。

 入学式は現在、理事長から祝辞となっていた。


 本年度より理事長に就任したのは、弱冠十六歳で当主となり、経津主の歴史で最強で最高と称される地上最強の生物、経津主寅華。

 三十一歳で二児の母とは思えぬ容貌も目を引くが、それ以上に教職員たち、超一流の武闘家たちが感じたのは、『どうやっても勝てない。』そんな絶望だった。


 恐らく彼女は力の一厘も出していない。しかし、その立ち姿や視線だけで、教職員たちは彼我の実力差を知った。

 経津主寅華は人ではない、怪物でも、化け物でもない。武に関し、神の領域にいる。

 武を極めた者たちだからこそ、人や怪物がどう足掻こうと越えられない壁、それが歩いている様に見えた。

 そんな武神が壇上に立った。


「力とは何だ?」

 壇上から放たれた言葉に、誰もが呼吸を忘れる。

 言葉の意味とか、真意を探ろうとしてではない。圧倒的な力の前に、呼吸を忘れていた。

「力とは全てだ。金も権力も、純粋な力の前には無力。金や権力で如何に武器を集め、戦力を従えようと、それを討ち滅ぼす力の前では無意味。」

 下を見ながら、淡々という声に、生徒たちは徐々に湧き立つ。

「歴史を見よ。人は結局、力で他を制した者が作ってきた。力こそが正義、力こそが全て。」

 歓声の上がる講堂。新入生も在校生も、彼女の言葉に酔いしれ、後ひと押しで熱狂に包まれそうな状況となったが、

「つまり…」

 寅華から続く言葉は出ず、困惑が広がり、それまでずっと下を向いていた寅華が顔を上げる。

「おい、これはなんと読むんだ?」

 手に持った紙を指して壇上の隅に声を掛ける。

「すみません!!振り仮名が抜けておりました!!」

 ワタワタと寅華に駆け寄る女性。

 一気にグダグダとなった祝辞。


 女性が振り仮名を振る僅かな間、

「だから嫌だと言ったのだ…下らぬ言葉など、何の意味があるのだ?」 

 寅華は頭を掻いて生徒たちを見下ろした。

「物事は分かり易い方が良い。」

 そう言うと、ぴょんと壇上から飛び降り、

「全員で掛かって来い。身体で覚えるのが一番早い。」

 新入生だけでなく、在校生と教職員、全員に向けて宣言した。






 

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