第8話 寅華家の食卓
「か、母様…夕食はお出かけで良いのではないでしょうか?その…母様がお戻りになられたお祝いに…」
虎春の恐怖で震える声で、虎千代の意識が戻ってきた。
「私の帰還祝い?そんなものはどうでもよい。虎春、昨日はお前の誕生だったからな、一日遅れの誕生祝い。母が手料理を振る舞ってやろう。」
そんな不穏な言葉が聞こえてくる。
漂う悪臭は、生命の危機を感じる程で、そんなものを、子供にとって大切な誕生日のお祝いに振る舞うとは…
この大魔王、本気で僕と虎春を頃しに来てる!!
物心がつく前から、母に対する恐怖心を植えつけられていた虎千代は、
『母さんにさせてはいけないこと』
そんなリストを幼き頃、父から渡された。
母さんがしたら、大抵のことがNGだし、母さんがそれを始めた場合、誰が止めれるのか教えて欲しい。その様に幼心ながら思っていた虎千代だが、その上位数項目に含まれていた言葉を忘れることは決して無かった。
上位項目に一つ、それが料理だった。
世界最強の武闘家であるのは間違いない寅華。
そんな彼女の料理は、次元を超えていた。
レシピ通りの食材と、レシピ通りの手法を用いているのに、何故か食した者を破壊する殺人料理と変貌を遂げる。
虎千代が驚愕したのは、虎千代がカップ麺にお湯注いだだけなのに、致死レベルのクソ不味料理へと変貌したことである。
その時に察した。
「この人は、人を殺す為に産まれてきたのだ。」
と。
お願いします、量は作らないで下さい!!祈る虎千代を裏切る様に、
「虎春も虎千代も、育ち盛りだからな…たらふく食わせてやる。」
母の上機嫌な声が聞こえてくる。
「…そ、そうです!!母様、味見はなされたのですか?せっかく母様のお料理ですから、虎春は美味しい頂きたいです。」
虎春による必死の回避。殺人料理なら、自分で処理しろ戦法だ。
「味見か?そうだな、そう言われたらしていなかったな。」
寅華は、虎春の言葉にそう答える。
しかし、そんなものは無駄であると、同じ轍を踏んだ妹に対して思う虎千代。
以前、虎千代も同じ手法で味見を自身にさせたことがある。
「うむ、上出来だな。潤三の奴も私に惚れ直すだろう。」
満足そうな母の声。
そう、この母は全てがイカれているのだ。
虎千代は、横になったまま、これから起こることを考えた。
後数分で、母は僕を起こしにくる、起きなければ、起きる迄殴られるだろう。
起きれば、母の殺人料理が待っている。
『不味い』と正直に言って、食することを拒否すれば、殺人的な暴力が…
『美味しい』と生死の境を彷徨いながら嘘を言って完食する場合、五分五分の確率で死ぬ。
どっちに転んでも生死を賭けた戦いとなる。
虎千代と虎春は、
「美味しい。」
朦朧とする意識の中、死んだ目でそう呪詛の様に言い続けながら、盛られた殺人物質を必死に胃に納めていた。
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「食べて、満腹になれば直ぐ寝るとは…何年経とうと、子供のままだな。」
綺麗に平らげられた皿を見ながら、寅華は食卓に突っ伏した二人の子を軽々と抱える。
「強くなれ…我が子よ…」
それぞれの部屋に子を運び、ベットに寝かせ、その頭を軽く撫でながらそう囁く。
その時の目は、血に塗れた世界最強の武闘家ではなく、一人の母のものであった。
居間に戻った寅華は、子の成長を喜び、将来を考えるながら一人酒を煽っていた。
「…寅華さん。」
そんな彼女の前に、ゲッソリとした夫、潤三がヨロヨロと現れる。
「今更起きたか…せっかく私が手料理を作ってやったというのに。子供たちが完食してしまったぞ。」
ちょっと不機嫌そうにする寅華。そんな妻の言葉に、恐ろしい事がこの食卓で起こったのだと潤三は知り、心の中で子供たちに詫た。
「寅華、ご飯は食べたんですか?」
子供たちがあの殺人料理を、命懸けで完食したということは、彼女は何も食べていないのではないのか?
そう思った潤三はそう問う。
「夕食はお前と共に取ると決めていたからな。食べておらんよ。」
寅華は、グイッ!と大ジョッキいっぱいに灌がれたウォッカを一気に飲み干してそう言った。
「なら…」
僕が作りますよ。
優しい笑みでそう言おうとした潤三の言葉を遮り、寅華は言葉を発した。
「いや、私がお前と初めてを過ごしたあの場所で食べたあれが食べたい。」
寅華の言葉に、潤三の笑みが凍る。
「それって…」
「私に言わせるのか?」
若干殺気を漏らした寅華の言葉に、潤三は抗う気は失せる。
子供たちも命を賭けたんだ…僕も生命を賭けよう。
夜の街をひ弱な男が運転する車が駆け抜けていく。
その助手席に、世界最強の存在を乗せて。
寅華、潤三夫婦の、三第三ラウンドが始まった。
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