第7話 血の呪い

 虎千代は、経津主の血を恨んでいた。


 何故、あんな恐怖の大権現みたいな大魔王と結婚したのか分からない程温厚な父と、乱暴で素行不良だけど可愛い妹。

 その二人に対して悪く思うことは無いが、血生臭く、あらゆる事象を、、暴力のみで解決し、それを至高とし、是とする一族と、その筆頭、力の権現たる母、寅華が苦手だった。

 こと母に関しては、その姿を見ただけで、身体が拒絶反応を示し、痙攣と嘔吐が起こる程には苦手だった。


 そんな経津主の一族であることを、心から恨む様になったのは、中学校に入学してからだった。

 母、寅華が家を出たことで、それまでまともに通うことのなかった学校に通える様になった虎千代だが、

「足し算ってなんですか?」

 まともな教育を受けず、ただひたすら鍛錬という名の拷問を受けていた虎千代の中学生活は、壊滅的な知能ラインからスタートした。

 それも全部、あの大魔王のせいだと思っていたが、いざ勉強を始めた虎千代の身体に異変が起こった。

「手が震える…あれ?吐き気が…なんでだろう?意識が遠のいてくる…」

 知能を捨て、全てを戦闘に特化させた経津主の血が、勉学を拒絶していたのだった。

 1+1の様な単純過ぎる計算にさえ、拒絶反応を示す経津主の血に抗いながら、必死に虎千代は机に齧り付いた。


 そんな努力を重ね、卒業を間近に控えた現在、最底辺の学校で、下の上程度の学力を身につけた虎千代は、遂に掛け算の九九を七の段階迄マスターし、経津主に中ではトップクラスの頭脳を得た。

 その様に、経津主の血、その弊害をもろに受けた学業面であったが、経津主の血は、学業以外、それこそ、学生時代における最大の思い出たる交友関係にも、多大な影響を与えた。

 経津主という姓、それだけで誰も近寄って来ないのだ。

 完全に道を外れた様な不良や、優しそうな委員長や教員でさえ、虎千代を避けた。

 あまりにも誰からも話かけられないので、勇気を振り絞って自分から話かけたら、警察沙汰になったし、警察も逃げた。

「どんだけ悪名高いんだよ!!」

 一般人と共に生活を初めて送った虎千代が、経津主の名に感じた感想はそれだった。


 そんな一人ぼっちの中学生活も終わりを直に迎える。

 誰からも話しかけられず、誰とも打ち解けることなく、孤独に過ごした中学校。

 それももうすぐ終わるのか…

 ずっと一人で眺めていた校庭に、何故か感慨深いものを感じる。

 高校入学と同時に、虎千代は経津主の一族から追放される。

 それ以降、経津主の姓を名乗ることは金輪際禁止され、ただの虎千代として、別な姓を名乗って生きていくことになる。

 今の呪縛から解き放たれるのだ。

 故に、虎千代は、校庭を眺めて感じた感慨深さを、この孤独感から解放される喜びなのか、それとも、これから、自分の生活が一変し、全く別の世界をこれから知るからなのか…

 

 今の虎千代には分からなかった。


 そのどっちでもないことを知るのは、帰宅後になる。



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 卒業間近になり、午前中で授業が終わった虎千代は、寅華が居るというだけで重くなる足取りをなんとか進め、そんな帰宅途中、二度大型トラックに撥ねられたが、

 「最近轢き逃げが多いなぁ…」

 くらいの感想を抱きながら、持ち前の耐久力でほぼノーダメージで自宅に辿り着く。

「ただいま…」

 小さな声でそう言って、陰鬱とした気分で玄関を潜る虎千代。

「あれ?誰もいないの?」

 人の気配も音も無い家に、虎千代はそれまで抱いていた憂鬱が消し飛ぶ。

 大魔王不在の家に歓喜の感情が溢れてくる。

 ルンルン気分で廊下を進み、帰宅時に必ず行う手洗いとうがいをする為に、脱衣場と一緒になった洗面所の戸を開けた。


「なんだバカ息子?発情期か?」

 真っ裸の母、寅華が浴室から上がったばかりの姿でそこにいた。

 

 言葉を失いながらも、命の危機を本能的に察する虎千代の頭部に、耐え難い痛みが走る。

「頭蓋が…頭蓋骨が割れるぅっ!!」

 強烈なアイアンクローが虎千代を襲い、ブラン、と宙吊りになる。

「バカ息子よ、如何に私が魅力的であっても、私とお前は親子。越えてはならない一線というものがある。…それを今から躾けてやろう。」

 バキバキ!と頭蓋骨が粉砕されていく音、虎千代の頭に響く。

「ッァアアアッーーッ!!違います!!母さんに…恐怖の大魔王に魅力なんかありません!!」

 虎千代の必死な弁明も、火に油を注ぐだけだった。

「照れ隠しにせよ、それが親に向かって言う言葉か?」

 脱衣場の床を破壊する程叩きつけられ、意識が消し飛んだ。

 

 散々な日だ…

 意思が消えていく最中、虎千代の脳裏をそんな言葉が駆け巡った。


 


 



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