第6話 桜開花前

「おはよう…虎千代。」

 ゲッソリとした父と、

「弛んでおるぞ、バカ息子!!」

 そう怒鳴る母は、父とは対称的にツヤツヤしている。

 それで全てを察すると同時に、大魔王の帰還は夢ではなかったのだと、現実を突き付けられた虎千代は、

「おはよう、父さん。か、k…オロロ…」

 ストレスのあまり嘔吐した。

 彼にとって受けれ難い母の帰還。

 そんな嘔吐する虎千代を汚物を見る様な目で見ながら、虎春が現れる。

「汚いわね…おはようございます、父様、母さ…かあ…オロロ…」

 虎春でも駄目だった。

 この兄妹に植え付けられたトラウマは、一生払拭されることはない。

「母を見て吐くとは…いい度胸だな?」

 ユラリ、と拳を鳴らし立ち上がる寅華。

「ち、違うんです…違うんですよ、かあ…オロロ…」

 と、再度虎千代が嘔吐し、

「こ、これは、恐怖とか嫌悪ではなく、歓喜!!そう、歓喜です!!か、かあさ…やっぱムリ…オロロ…」

 虎春もダメだった。

 兄妹揃って、弁明することさえ出来ない程、拒絶反応を示していた。


「いっぺん死ぬか?貴様ら?」

 青筋を立てた寅華の拳が、二人を貫いた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−



「おい、潤三。何故奴らは私に懐かぬ?」

 ドカッと男らしく座りながら、湯呑みの茶を啜る寅華。

 子供たちが学校に行った後、夫婦だけとなった居間で夫に問う。

「それは…」

 貴女が怖いからです。とは、口が裂けても言えない潤三は、言葉に詰まる。

「それは…なんだ?早く言え。」

 鋭い寅華の眼光が潤三を急かす。

 年でいえば十以上も年下の嫁だが、力の差でいえば、大怪獣とミジンコ位、いや、それ以上の差がある寅華と潤三。

 経津主の男らしくない、気弱で貧者な潤三は、自身によく似た、似てしまった虎千代と、寅華と自分を足して二で割った様な娘を愛おしく思っている。

 そんな二人の子らを甚振らない、懐かせる様な教育方針を、妻である寅華に取らせる方法を必死に考えた。

 考えたが、どうしても思い浮かばなかった。

「あの子たちも、大人になったら、寅華さんの…母の愛に気付きますよ…」

 潤三は、己のが身を守る為に、当たり障りのない答えを言った。

 だって、寅華さんは破壊以外出来ないから。

 寅華の最大の理解者であり、壮絶な大恋愛の末に結ばれた潤三をもってしても、彼女の思考回路を正す術は分からなかった。

「そうか…子育てとは、そういうものなのだな…奥が深い…」

 ズズッ、と茶を啜りながらそう呟く寅華。

「さて、潤三よ。子育ての話は終わりだ。」

 空になった湯呑置くと、スクッと立ち上がる寅華。

「子作りの続きを始めるぞ。」

 ムンズ、と潤三を襟を掴み、ズルズルと寝室に引き摺っていく。

「待って、寅華さん!!まだ回復が…」

「私の旦那なのだ。情けない言葉は聞かぬ。」

 慌てる潤三に、寅華は容赦ない言葉を放った。

 


−−−−−−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−−−−−

−−−−−−−−



「ゴミ虫!!アンタのせいで私まであの悪魔に殴られたじゃない!!」

 痛む頭頂部を擦りながら、虎春は虎千代に何発も鋭いローキックを放つ。

「痛い!!痛いよ、虎春ちゃん!!ほら…脚が折れちゃったじゃないか!!」

 曲がってはいけない方向に曲がった右脚を指しながら、虎千代は妹に抗議する。

「そんなの、私が受けた一撃に比べたら、どうってことないわよ!!」

 フン!とそっぽを向く虎春に、やれやれと虎千代は右脚を本来の方向に戻す。

「僕じゃなかったら大怪我だからね!!絶対に他の人にしたらダメだよ?」

 脅威の回復力で、折れた脚がくっついた虎千代は、虎春にそう説教する。

「煩い!!ゴミ虫が私に口答えするな!!」

 更に怒りを買ってしまい、逆の脚を折られる。

「だからやめてってば!!大魔王の一撃で、肋が全部消失してるから万全じゃないのに…」

 折れた左脚を戻しながら、虎千代はそう嘆く。

 如何に強靭で超回復能力を持つ虎千代であっても、消えたものはなかなか治らない。

 そもそも、何故ただのパンチ一発で体内から骨が消え去るのだろう?

 虎千代は、もの淋しくなった肺の辺りを擦りながら、恐怖の大魔王たる母に奪われた肋骨に思いを馳せる。

「今日中に治るかな?」

「知らないわよ、バカ!!」

 心配そうに問う虎千代に、虎春はそう言い残し、赤いランドセルを揺らしながら駆けていった。

 

 虎春ももうすぐ中学生か…

 そんなことを思いながら、虎千代は100mの世界記録を容易に超せる速度で走っていく妹も背中を見送った。


 時は三月、卒業シーズンであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る