第5話 家族

寅華いはなさん…その…子供の前でそうはっきりと言うのは…」

 アセアセと豪快に酒を干す寅華に言う、気弱な男。

 彼こそ、虎千代と虎春の父であり、寅華の夫である潤三じゅんぞうである。

 潤三は婿養子であり、彼の実家は、それこそ世界的な巨大財閥の一家であるのだが、紆余曲折あり、当時十六歳だった寅華を妊娠させ、今に到る。

 因みに、彼と寅華の授かり婚を巡り、当時経津一族の当主であったたけると一族郎党相手に、寅華が一人で戦うこととなったのだが、問題無く寅華が勝利し、無事結婚に到った。

 そして、程なくして産まれたのが虎千代であった。

 十六歳で母となり、経津主の当主となった寅華は、母としても、当主としても、問題しかなかった。


 とりあえず力。

 子育てと一族共に、それが彼女の方針であり、虎千代も、経津主一族もボロボロにされた。物理的にボロボロにされた。

 しかし、そこは世界最強の武闘派一族である経津主一族。

 力こそ正義たる彼らは、力と恐怖の権化たる寅華に心酔し、強き彼女に憧れ、より一層脳筋化した。

 だが、幼き虎千代にとっては、それは恐怖でしかなく、深いトラウマとなっている。

 尤も、その代償として、有り得ない程強靭な耐久力を手に入れたのだが、それは本人の望むところではなかった。


「なんだ潤三?私を抱けぬと言うのか?」

 ギロッ!!と睨む寅華。

「いや…そういうことじゃなくってですね…その…虎春ちゃんはまだ小学生ですし…ね…」

 アワアワとしどろもどろになりながら言う潤三。

「それがどうした?…おお!そうだ、良い機会だし、虎春、貴様に子作りの作法を教えてやろう!!」

 景気良く上着を脱ぎ捨てる寅華。

「寅華さん!!寝室に行きましょう!!」

 これ以上はいけない。潤三は慌てて寅華を寝室に押し込む。

「む、どうした潤三…急に盛りおって?」

 そう言いながら、少し嬉しそうにする寅華。

 虎春は、そんな母と父の姿に、夫婦の生々しいものを感じながら、一生モンのトラウマを植え付けられずに済んだと、大きな溜息を漏らす。

「頑張ってね…父様…」

 身を以て娘の情操教育を守った父に一礼し、虎春は部屋の隅で気絶している兄を担ぎ、自室へと戻ったのであった。



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「えーっと…虎春ちゃん?これはどういう状況なのかな?」

 虎千代が目覚めた時、簀巻きにされ、妹の部屋に転がされていた。

「はぁ?分かるでしょ。私、今、イライラしてるの。」

 キュッキュ、と薄手のグローブを磨きながら、虎千代の問いに虎春は答える。

「なんでか分かる?分からないわよね!!サンドバッグの筈のアンタがあっさり気絶したせいで…私は!!危うくあの悪魔と父様の恥情を見せられそうになったのよっ!!」

 重たいボディーブローが虎千代を襲う。

「ちょっと待って!!いったい、何があったらそうなるんだよ!!」

 あまりにも想定外の言葉に、痛みよりも驚きが勝る虎千代。

「煩い!!黙れ!!このゴミ虫!!アンタが役立たずだから!!こんな地獄みたいなことが起こるのよ!!」

 罵倒と暴力を存分に浴びる虎千代は、文字通りサンドバッグであった。


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 虎春が理性を取り戻した頃、虎千代は意識を失っていた。

「バカ兄貴…」

 ボロ雑巾と成り果てた兄を見下ろし、虎春は部屋の片隅に山積みにしたプレゼントを、乱暴に、ビリビリと梱包を破っていく。

「本当に全部買って来たの…ホント、バカ兄貴…」

 虎春は、自身の身体よりも大きな箱を開け、巨大なクマのぬいぐるみに抱き着く。

「ありがとね…お兄ちゃん。」

 年相応の、愛らしい笑みを浮かべボロ雑巾を見る虎春。

 その表情に、一族の縛りによって向ける、嫌悪の表情は無く、純粋な家族に向ける顔があった。






 

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