第4話 大魔王還る

「ただいま…」

 両手いっぱいに荷物を持って、自宅の玄関を潜る。

「遅い!!何してたのよ!!このゴミ虫!!」

 噛み付かんばかりに詰め寄る妹に出迎えられる。

 しかし、何時にも増して不機嫌だなぁ…

 これは、絶対良くないことが起こるぞ。

 そう確信めいた直感が働く。だからといって、彼に何かそれを回避する術は無いのだが。


「何って…はい、買って来たよ。誕生日プレゼント。」

 そう、絶賛誕生日だというのに、不機嫌さマックスな妹に、注文通りの品々を差し出す。

 それを受け取ることもなく、勢いよく払い除け、虎千代の胸倉を掴む。

「そんなことの為に、家を離れたって言うの!!」

 あまりにも理不尽過ぎる怒りだった。いや、君の命令で行ったんだけど…

 そう返したい虎千代だったが、続く妹の言葉に、そんな理不尽が可愛く見える程の報告を受ける。


「母様が帰って来てるのに、何してるのよ!!」

 妹の口から、この世で一番聞きたくない言葉が出てきたことで、虎千代は、全身から血の気が引いていき、ガタガタと震え出す。

虎春こはるちゃんはおかしな冗談を言うなぁ…僕たちに母さんはいない。そうだろう?」

 ガタガタと震えながら、死んだ目で笑う虎千代に、虎春は強烈な上段蹴りを放つ。

「馬鹿言ってんじゃないわよ!!冗談でもこんなこと言わないわよ!!本当に帰って来たのっ!!」

 冗談だ、冗談に決まっている。あの、恐怖の大魔王が帰って来ただと…

 虎千代の心は決まった。

「…ッ!!放して虎春ちゃん!!僕は自由になるんだ!!」

 逃げ出そうと外に駆け出したが、それよりも先に、妹に羽交い締めにされた。

「自分だけ逃げようなんて、許されるわけないでしょ!!そもそも、サンドバックのアンタが逃げてどうするのよっ!!」

 ギチギチと恐ろしい力で絞め上げる虎春。

「流石虎春ちゃん…やっぱり君は、母さんの娘だよ…」

 絞め落とされる直前、虎千代はそう言って気を失った。

 世界広しといえど、虎千代に有効打を与えられるのは、寅華いはなと虎春くらいのものである。

「あんな悪魔と一緒にすんな、クソ兄貴!!」

 虎千代を絞め落とした虎春は、グッタリと倒れた虎千代の頭を踏み付けてそう言った。


「兄妹揃って、随分な言い様だな…それが母に対する言葉か?もう一度教育せねばならぬ様だな?」

 空間が歪み、呼吸が出来なくなる程の威圧感が虎春を襲った。

「違う…違うの母様!!私は母様を尊敬し、誇りに思っております!!」

 恐怖のあまり、ペタンと尻餅を付き、ボロボロと涙を流し弁明する虎春。

「ほぉ…母を悪魔扱いするのが尊敬か?」

 悪魔の様に笑いながら虎春の目の前に立つ寅華。

「違う…違うんです!!母様ぁ!!ごめんなさい!!許してぇ!!」

 虎春の絶叫が屋敷に響いた。



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「…頭が重い…」

 虎千代は意識を取り戻した。

 しかし、重しが乗った様に頭が重く、身体を起こすことが出来ない。

「む…起きたかバカ息子。ほれ、さっさと起きぬか。」

 ガハハ、と笑う大魔王の笑い声。それが二年ぶりに会う息子に掛ける言葉なのかと思うが、この人にしてはましな方だと思うあたり、やっぱり、おかしいと思う虎千代。

「母さん…いえ、お母様…あの、起きろと申されるなら、退いてはくれませんか?その…おっかないし、重いです…」

 ドッカリと虎千代の頭に座る寅華。

 そういう性癖の人にとってはご褒美かもしれないが、虎千代にとっては実の母であり、恐怖の大魔王たる人物の尻が頭に乗っかっているのは、生きた心地がしなかった。

「誰が重いだと!!」

 強烈な拳が虎千代の頭を貫き、畳と床板が弾け飛び、虎千代が地面に埋まる。

「いい度胸だバカ息子。貴様には教育すら生温い。」

 寅華は、地面にズッポリと埋まった虎千代を片手で軽々と引っ張り出し、小突きながらそう言う。

「ちっ…!!この程度で気絶するとは…やはり、兄妹揃って、もう一度鍛え直さねばならぬらしい。」

 ポイ、と虎千代を部屋の隅に投げ捨て、ドカッと座り、酒を煽る寅華。

 空になった巨大な盃に慌てて酒を注ぐボロボロになった虎春。

「か、母様…此度は如何様でお戻りになられたのですか?」

 恐る恐る問う虎春に、グイッと盃を干し寅華は言う。

「決まっておろう。子作りだ。」

 実母と実父の性事情など知りたくなかった。

 質問したことを虎春は後悔した。







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