第3話 不幸体質

「僕はあんな恐怖の権化みたいな大魔王じゃない!!」

 許容し難い言葉に、思わず叫んでしまった虎千代。


 彼にとって最も対極の位置にいるのが母であり、彼にとって最も恐ろしい存在である。

 しかし、そんな虎千代の事情など、目の前の少女は知らない。

「寄るな!!化け物!!経津主ふつぬし寅華いはな!!」

 虎千代が未知の怪物としか思えない少女は、涙目で叫ぶ。

「だから違うんだっ…ーッ!!」

 虎千代が誤解を解こうとさらに一歩近付こうとした瞬間だった。

 銃声が響き、虎千代の左胸に衝撃が走る。

 

 撃たれた…?

 そう認識した時、身体がゆっくりと倒れた。

 嘘だろ?なんでこんなことになるんだ?

 流石の虎千代でも、撃たれるのは初めてだった。

「お嬢様、お怪我は?」

 決して人間に向けて撃つ様なサイズではないライフルを担いだ長身の女性が、少女に手を差し伸べる。

「え、ええ…怪我はないわ…」

 少女はそう言って、差し伸べられた手を取り、立ち上がる。

「でも、やり過ぎじゃない?」

 仰向けに倒れた虎千代をチラッと見て少女は女性に言う。

「貧乏人の一人や二人死んだところで、どうということはありませんよ。」

 ゴミを見る様な目で倒れた虎千代を見る女性。しかし、すぐに異常さに気付く。

 

「ちょっと!!急になによ!?」

 突然女性に抱えられた少女はそう騒ぐ。

「急ぎ帰ります…」

 慌てた様子で少女を抱えたまま走り出す。

 女性は気付いた。

 あの謎の男は、常人が手を出してはいけない怪物だと。

 対物ライフルで撃ち抜かれたにも関わらず、血の一滴も流れず、衣服に穴を開けただけ。

 何故起き上がって来ないのか分からないが、逃げるなら今しかない。

 もし、本気で来られたら、こちらに勝ち目は無い。

 そう本能で感じた女性には、逃げるという選択肢しか見い出せなかった。

 しかし、それさえ、不可能に思える程、あの怪物の力は未知数であり、桁違いに思えた。


 それは全て彼女の勘違いであったのだが、そんなことを彼女が知る由もない。


−−−−−−−−−−−−−−−−−


「…ビックリしたぁーっ!!」

 彼女たちが逃げ去るのを見届けた後、虎千代はぴょん、と起き上がり、そう声を漏らす。

「全く、乱暴だなぁ…あーあ、穴が開いちゃった。」

 左胸の部分にドデカい穴が開いてしまった学生服に嘆きながら、立ち上がる。

「ビックリしたけど…母さんのデコピンに比べたら、マシュマロがぶつかったくらいだったなぁ…」

 そう言って遠い目をする虎千代。

 幼き日の思い出が一瞬蘇り、死んだ目になった。


「いやいや、そうだよ、もう落ち込まなくっていいんだ!!あの大魔王は居なくなったし、僕は普通の高校に行って、経津主とも縁が切れるんだから!!」

 もうじき高校に進学する。経津主の者の掟に従わず、経津主学園ではない学校に行く。その時点で、僕は経津主の人間じゃなくなる。

 それは経津主の一族にとっても、僕にとっても良いことなのだ。

 共に母からの鍛錬という名の虐待に耐えてきた妹とも縁が切れてしまうのは少し悲しいけど、妹は典型的な経津主の人だし、どっちかといえば母さん寄りの人だし、心配してはいない。

 これが最後の誕生日プレゼントになるんだろうと思うと、彼女から命じられた買い物も感慨深いものに感じる。


「だからこんなに試練があるのかなぁ?」

 買い物を終えた直後、虎千代は、再び別な集団に囲まれていた。








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