第2話 路の怪

 ちょっと前から夜の散歩にはまってしまった。

 ルートはその日の気分で変え、大体30分から1時間ほどあてもなく歩く。途中コンビニで酒なんか買って飲みながら歩けばもう上機嫌だ。

 歩くと頭がすっきりするし、色々と考える事も出来て新しい創作の助けにもなる。小説に行き詰った時などは特に効果的だ。


 残暑の風が頬を撫でる。見事に稔った稲穂がさやさやと囁き合う。遠く聞こえる車の喧騒もなんともノスタルジックな気持ちにさせてくれる。

 私は両側に田んぼを見ながら、舗装された道路をふらふらと歩いていく。酒が良い感じにまわってきて実に気分が良い。

 ふいに背後から強烈な光が近づいてくる。私は振り向きながら、その光のまぶしさに目を細めた。

 夜間のハイビームを効かせた自動車が、私の横をすごいスピードで走り去った。私は車の邪魔にならぬよう、振り向いた方向を見たまましばらくとどまっていた。その時——。


どんっ!!


 何かが激しくぶつかる音がして、私は思わず振り返った。

 先ほど通り過ぎた車は、もうはるか向こうに走り去っている。その通った後の路の途中に、ぐちゃぐちゃになっている影が見える。

 街灯のない道ではよく見えないが、それは車に曳かれたらしく、時折びくっと震えながらも、その場から動かずにいた。

 犬か猫かが、うっかり曳かれてしまったのだろうか、可愛そうに……。

 手遅れと思いながらも、私は状態を確認しようと恐る恐る近づき、その姿を凝視した。

 暗闇で暗く染められた液体は、それの全身から流れていた。大きさは人の子供ほどの大きさだ。だが、明らかに人ではない。青白い肌が泥と血で汚れていた。

 人間の手にあたる部位はなく、頭に当たる部位もない。しいて言うなら、人間の胴体と足だけの生物。それが痛みに震えながら不気味な声を漏らしていた。


おゅるむ、おぅぬむるぅる、うぉるぅぬ……


 その声は泣き声のようにも、何かの呪文のようにも聞こえた。ただ少なくとも、人間が発する音でない事だけは確かだった。


おゅるむ、おぅぬむるぅる、うぉるぅぬ……


その生物はひたすらそれを繰り返す。私が見ている事など気づいていたいみたいに、只々泣き声を繰り返している。


「おい……」


 その時、私は愚かにも声をかけてしまった。

 瞬間、それの声がびたりとやむ。嫌な静寂が辺りを包み、耳の奥できーんと耳鳴りがしてくる。

 やがてそいつがゆっくりと身体をこちらに向けてくる。傷ついたその身をよじって、私の姿を確認しようとでもいうのだろうか。なんだか気味の悪いフラッシュムービーを見ているような気分だ。

 ちょっとずつ、それの身体がこちらに向く。

 視線が、こちらに、向いていく。

 それと視線が合うよりも早く、私は元来た道へ向かって一目散に駆け出した。理由は特にない、ただ「あれと眼を合わせたらいけない」そう感じたからだ。

 結局そのまま家まで逃げ帰って、布団をかぶって一夜を明かした。もしかしてあいつが家まで来るんじゃないか——そう思うと一睡もする事はできなかった。

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