伝染夜話~短く不思議な物語~
飛烏龍Fei Oolong
第1話 線路の向こう
気がつくと千枝は、姉の佐代子に手を引かれながらまだ舗装されていない道を歩いていた。
空はすっかり夕焼けが綺麗で、太陽が山々の向こうにゆっくりと落ちていく。その反対側の空は一足早く夜の準備がはじまっていて、白い月と藍色の空が少しずつ夕焼け空をおしやっている。
「ほら千枝、急いで」
姉の佐代子が声をかける。佐代子は千枝の6つ年上で、中学生である。面倒見がよく、両親が仕事で家を空けがちだったこともあり、千枝の面倒は昔から佐代子が見ていた。
「早くしないと、日が暮れたら間に合わなくなる」
千枝は佐代子の声に促されるように、少しだけ足を早めた。以前誕生日に買ってもらったお気に入りの靴で地面を踏むたびにじゃりっと砂を踏む感触が伝わってきた。
今はお盆だ。今日も朝から暑くて、遊びに行くのに両親が水筒を持たせてくれたくらいだった。なのに今は夕暮れだからなのか辺りはすっかり涼しくなっていた。
「ほら、あの線路を超えたらもうすぐだからね」
千枝が佐代子の指さす方を見ると、左右に伸びる長い線路と小さな踏切があった。線路はどこまで続いているのかわからない。どちらも遥か向こうまで伸びていて、その先はまったく見えない。踏切の側には古びた看板が一つ立っていた。
『向こう側優先』
千枝たちは踏切の前まで来ると、ぴたりと立ち止まった。
「千枝、道の端によけて、目を伏せて」
佐代子はそういうと千枝を引っ張るように道の端まで連れて行き、頭にかぶった麦わら帽子で千枝の視界を隠した。
千枝は言われたように視線を下げた。視界には自分の足と、わずかに砂利道が見えるのみである。その時——。
じゃく…じゃく…じゃく…ざらり…
踏切の反対側からこちら側に歩いてくる、いくつかの足音が聞こえた。足音はまるで地面を擦るような、引きずっているような音に聞こえた。また、靴を履いた時のような子気味良い音も聞こえない。
ざらり、じゃく…ざらり、じゃく……
足音は線路を超え、こちら側へ来たようだ。千枝達のすぐ目の前で足音は聞こえる。
ざらり、じゃく……ざら……
一つの足音が、千枝達の目の前で止まった。視線を下げ帽子を深くかぶっているので目の前で何が起こっているかはわからない。ただ、なんとなく見られているような、そんな気がした。
隣で手を握っている佐代子の手に、ぎゅっと力が入る。硬く握られた手は力を入れているからなのか、また違う理由からなのかわずかに震えていた。
……ざ、じゃく…じゃく、ざらり…ざらり、じゃく……
しばらくすると、足音はまた動き出した。千枝達の目の前からゆっくりと通り過ぎていき、やがてまったく聞こえなくなってしまった。
「千枝、もう良いよ」
佐代子が帽子を少し上げながらそう言った。目の前には先ほどと同じように砂利道と線路と踏切があるのみである。空はさきほどよりもかなり日が落ちていて、もうほとんど夜である。
「よく我慢できたね、千枝、えらいよ」
佐代子が千枝の頭をそっと撫でる。昔から千枝が良い子にしていると、佐代子が頭を撫でてくれた。それが千枝はとても嬉しかった。
「ほら、この踏切を超えればもう大丈夫だから、早く行こう」
佐代子はそういうと、また千枝の手を引いて踏切を渡った。足元の線路に気をつけながら、ゆっくりと渡っていく。
渡り終えると、佐代子は千枝から手を離し、ゆっくりとまた線路の向こうへ帰っていく。その時——。
かーん、かーん、かーん、かーん
踏切の遮断機がけたたましい音を立てる。はるか向こうから轟々と大きな音が違づいてくる。踏切を渡り終えた佐代子は千枝のほうに振り返った。
「千枝、もうこっち側に来たら駄目だからね」
佐代子は寂しそうに笑ってそう言った。
やがて目の前を凄まじい音と共に電車が通り過ぎていく。電車の窓から漏れる光が辺りを照らす。そして電車が通り過ぎた後には、踏切の向こうには、もう佐代子の姿はどこにもなかった。空はもうすっかり日が暮れて、月と星が静かに輝いていた。
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