第3話 カカオ

 私はやたらと豪華なベッドに横になって、大きなため息をついていた。素人の私でもわかる高価な家具に囲まれてちょっと落ち着かない。



「本当にお金持ちね……」



 リンネ=ユグドラシルの家は五大貴族というこの国を代々支えてきた強力な魔力を持つ貴族である。それぞれ得意な属性があり、例えばユグドラシル家は植物魔法を、コキュートス家は氷魔法を得意とする。

 もちろん乙女ゲーム的にも重要な存在であり、我がユグドラシル家以外の五大貴族の子供と、第三王子であるジークフリード王子が攻略キャラとなっていたはずだ。

 ユグドラシル家は私がメインヒロインさんのライバルキャラという役割を与えられているからか、敵役のような扱いらしい。お兄様はもう、結婚してるしね。

 それはともかくだ。



「まさか、チョコレート自体が無いなんて……」


 

 お母さまとの食事を終えた翌日、私は色々と疲れたと言って部屋に引きこもり、ベッドに倒れこんで八つ当たりのように足をバタバタとしていた。

 幸い賊に襲われたショックだと思われているのかみんなそっとしておいてくれている。



「うう……破滅フラグを避けるために恋愛なんて避けて美味しいものをたくさん食べようと思っていたのにぃ……」



 せっかく転生して第二の人生を歩んだのだ。元々恋愛は興味が無いし、ジュデッカ様などのメインキャラに絡んだら破滅フラグが発生する可能性があるので彼らとは関わらず、ちょっと贅沢な貴族ライフを楽しもうとしたのに計画が崩れてしまった。

 チョコが無いのに他の料理やスイーツはとても美味しいのがまた、悔しい。



 コンコン



 私がベッドの上で悶えていると、ノックの音が響いたので、さっとベッドから椅子に移動し上品に腰掛ける。貴族令嬢ですもの。人前ではちゃんとしないとね。



「どうぞ、入っていいわよ」

「失礼します、お気分が優れないようでしたので、お茶をお持ち致しましたがいかがでしょうか?」



 扉からやってきたのは笑顔の素敵なメイド服の女の子である。そばかすがチャーミングな彼女の名はノエル。私の専属メイドであり、年上の幼馴染でもある。

 どうやら私の心配をして気を遣ってくれたらしい。ありがたいことである。



「ありがとう。いただこうかしら?」

「では注がせていただきますね。カモミールティーですのでリラックスできるかと……」



 ノエルは慣れた手つきでポットからカップにお茶を注ぐ。確かあのポットは魔道具で保温の効果があるのだ。まあ、前世で言う魔法瓶みたいなものである。こっちは本当の魔法だけど。



「どうですか?」

「ええ、少し落ち着いてきたわ。ありがとう」

「え……リンネ様がお礼を言った……?」



 お礼を言っただけで驚かれるなんて……前までの自分は本当にやりたい放題だったなと、私の言葉に驚いているノエルを見て思う。



 そりゃあ、婚約破棄され、国を追放されたのにざまぁ!! とかネットでも言われるはずだわ……私の評判も何とかしないと……



 甘酸っぱいリンゴのような香りを楽しみながら、口をつけると心が落ち着いてくる気がする。それにしても……ゲームなのにハーブの名前は前世と同じなのね。シナリオライターがめんどくさがったのか、わかりやすくしようとしたのかはわからないけど。

 ちょっと待った……っていうことはもしかして、この世界にカカオっていう植物があるかもしれないわね。ユグドラシル家は植物を司る家系である。何か情報はあるかもしれない。



「ねえ、ノエル。うちに植物の図鑑とかってあったわよね? 案内してくれるかしら」

「ええ、ありますよ。ああ……あのオシャレとイケメンにしか興味がなかったお嬢様もついに植物に興味を持たれたのですね。やはり血筋でしょうか……素敵です。ちなみにどのような植物でしょうか?」



 私の言葉にノエルが感慨深そうにうなづいた。ごめん、単にチョコレートを作りたいだけなのよと内心詫びながらも、彼女に答える。

 というかリンネの評価って薄々勘付いていたけど本当に悪いのね……ユグドラシル家の嗜みである植物に関して聞いただけでこんなに感動されるなんて……やはり、悪役令嬢は子供の頃から悪役令嬢だったという事かしらね。



「カカオって植物に関して知りたいんだけど、どこらへんに資料があるかわかるかしら?」

「カカオですか……?」



 私の言葉に考え込むノエル。もしかして、カカオ自体存在しないのだろうか? だとしたらチョコレートを作るのは困難になる。冒険者にでもなってカカオを探しに行ったりとかできるのだろうか?

 だけど、その心配は杞憂だった。



「カカオ……高温多湿の熱帯に生息する植物ですね。ここら辺には生息していませんが、南大陸では見つかっているとの事です。主に観賞用にされており、一部の人間はその実を食すそうです」

「え……あなた、まさか、植物の事を全て覚えているの? すごいじゃないの!!」

「流石に全部ではありませんが、それなりには覚えていますよ。ユグドラシル家のメイドとしての嗜みですから」



 私に褒められて照れくさそうな顔でノエルが答えるがすごい事である。だって、この世界の植物だて相当な数のはずだ。まるでウィキペディアである。彼女のことはノエペディアとこっそりと呼ばせてもらおう。


 

「それに……お嬢様もユグドラシル家の血を引いているので、いつか植物に興味を持った時にお役に立てるかなと思い暗記しておきました」



 そう言うと彼女ははにかみながらこちらを見つめてくる。しかも照れくさいのか頬が赤い。ノエペディア可愛い!!

 それにようやく希望が見えてきた。



「ねえ、なんとかカカオを探す方法はないかしら?」

「それなら心配はありませんよ。今は亡き先代様の植物園に生えていたはずですから」

「え? うちにあるの?」



 ノエルの言葉に再び私は思わず間の抜けた声をあげる。カカオの木はとても繊細である。直射日光と風に非常に弱い上に高温多湿でしか育たないのだ。ここら辺では育たないはずなのだけど……



「お元気になったようですし、行ってみますか? 案内しますよ」



 もちろん、答えはイエスである。私は半信半疑になりながらもノエルについていくのだった。

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