第2話 チョコレートが食べたい

私の前世はこの世界の人間ではなかった。日本という国で会社員をしているごく普通のOLだった。強いてあげればチョコレートが大好きで、自分でもカカオからチョコレートを作って友人に驚かれたりしたくらいだろうか?



 だって、自分で一から作るの楽しいじゃないの、カカオにも種類があって香りが違うし、チョコレートには色々と種類があって無限の組み合わせと可能性があるのよ!!



 などと言ったら友人皆に引かれた記憶がうっすらとある。もちろんバレンタインデーも大好きだった。渡す相手はいなかったけど、色々なショップをめぐって有名店のバレンタインデーチョコを見たり買ったりするのが大好きだったのだ。

 そんな私の死因はよくある過労死である。ブラック企業で残業続きの中、胸が痛くなり……そのままポックリ逝ってしまい気づいたら先ほどの場面にいた。このあたりは酷く曖昧だ。

 まあ、転生してしまったものは仕方ない。今は現世を楽しもう。



「まったく、コキュートス家のお茶会でリンネが暴漢たちに襲われたと聞いて本当に驚いたのよ!! 彼等には正式に抗議をしておくわ!!」

「まあまあ、お母様。落ち着いてください。昨日のお茶会に参加していた人間に内通者がいたんでしょう? いくら何でもコキュートス家でも護衛のフリをした暴漢を見抜くのは難しいですよ。むしろ、あの速さで対応してくれたジュデッカ様を称えるべきです」

「まあ、確かにけが人はいなかったし、暴漢たちとその黒幕も捕まったらしいけど……随分と冷静ね。どうしちゃったのよ」

「あははは、あまりに衝撃的なことがおきると返って落ち着くんですよ」



 本心で私の身を案じてくれる母に感謝しながらコキュートス家をフォローする。今回の件は茶会に招待された人間の中に、敵対する派閥の人間がおり、そいつらが色々と仕組んでいたようだ。内通者がいたというのに即座に対応して私たちを守ることができたのは、代々優秀な騎士たちを送り出しているコキュートス家が優秀だという証明だろう。



「それにしても、リンネ……やたらとコキュートス家を庇うけど……やっぱりジュデッカの事が気に入っているのかしら? 彼は世間でも有名な優れた騎士な上、我がユグドラシル家と同じ五大貴族だし、婚約者にしても申し分ないわね。それに……あなたの大好きなイケメンですものね」



 母がちょっとからかうような笑みを浮かべて私を見つめる。やっぱり……というのが正直な感想である。確かにジュデッカ様はイケメンなうえに将来有望である。

 だから、ゲームではここでイケメン好きのリンネは今回の襲撃で深い傷を負ったという事にし、それを理由に「顔に傷を負ったのだか責任をとってよ」と無理やりに婚約者になったのである。

 だけど、破滅フラグを知っている私からしたら彼はかかわらない方がいい人間である。第一今の私はそんなものに興味が無い。私が興味あるのは……



「それよりも、私の無事を祝ってご馳走を準備してくれたんでしょう? そっちの方が気になりますよ。お母さま」

「え? あなた前までジュデッカの事ばかり話していたじゃない。どうしちゃったのよ?」

「お話を聞いたところジュデッカ様は、アリスさんと親しいらしいんです。私としてもお二人はお似合いだと思うので応援をすることにしたんですよ」



 母に返事を返すとともにやんわりと釘をさす。せっかくジュデッカ様やアリスさんと距離をおこうとしているのだ。変に気を利かされたりしたらたまったものではない。



「うーん、まあ、あなたがそう言うならいいけど……だったらそうね……イフリート家のあの子もイケメンだから……」

「お母さま、それよりもご馳走が食べたいです!! 私もう、お腹ペコペコなんです」

「もう、すっかり食いしん坊になっちゃって……薔薇よりもケーキね」


 

 慌てて遮った私の言葉にお母さまが残念そうに溜息をつく。イフリート家の人間も乙女ゲーの攻略キャラにいたはずだ。なるべく関わりたくないので話題をそらさせてもらう。

 お母さまが手をパンパンと叩くと、メイドたちが料理を運んでくる。

 そんな中、空席の椅子を睨みつけるようにして母が言う。



「せっかくリンネが無事に帰ってきたっていうのにあの人は仕事が忙しいんですって」



 そう言えばリンネの記憶にはあまり父親の記憶が無い。もしかしたら父との関係はよくないのだろうか? まあ、貴族ということで忙しいだけかもしれないし、とりあえずフォローしておこう。



「まあまあ、お父様はお仕事が大変なんですよ。それよりも……素敵な料理ですね」



 プリプリと怒っている母を宥めながら私は並べられている料理に目を輝かせる。色鮮やかな新鮮な野菜がちりばめられたサラダに、オマールエビの濃厚なスープ、まるで漫画にでてくるような七面鳥が香ばしい香りを放ち私の食欲を刺激する。しかも食器はユグドラシル家を象徴する色鮮やかな薄緑色の模様の入った陶器製である。



 流石貴族、豪華な料理だわ。これならデザートも期待できるそうね。



 貴族とは言えもちろん、こんなものを毎日食べているわけではない。こんな御馳走が並んでいるのは……



「お母さま、私のためにこんなご馳走を準備してくださってありがとうございます」

「可愛い娘が無事に帰ってきたんですもの。奮発してあたりまえでしょう?」

「ありがとうございます。あの我儘だとは思うのですが、一つだけ……どうしても食べたいものがあるのですが用意してもらってもいいでしょうか?」

「うふふ、リンネは本当にわがままなんだから。今日はお祝いなんだからなんでもいいなさい。もしも我が家になかったら王都中を探させるわよ」



 ちょっと得意げな母の冗談に愛情を感じながら私は胸をどきどきとしながら言葉を続ける。そう、異世界転生した私が興味のあるのは乙女ゲーのキャラとの恋愛ではない。



「デザートはチョコレートが食べたいのですがいいでしょうか?」



 そう、チョコレートだ。魔法が存在するこの世界のチョコはどんなものだろう、しかも貴族が食べるチョコである。スープやお肉も驚くほど美味しいし、私が食べていた者とは比べものにならないくらい美味しいのではないだろうか? せっかく異世界転生をしたのだ。これくらい楽しんでも罰は当たらないだろう。

 しかし、私の期待は怪訝な顔をした母の顔によって裏切られる。



「チョコレート……って何かしら?」

「え?」



 その言葉が信じられずに、私は記憶を探る。あれ、確かに幼少期を辿ってもリンネがケーキやクッキーを食べているのは思い出せるがチョコレートを食べている記憶がない。

 その結果私は恐ろしい結論に至った。



 まさか……この世界ってチョコレートがないのぉぉぉぉぉ!?



 私は心の中で絶叫するのだった。

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