将来婚約破棄される悪役令嬢に転生したけど、恋愛とかどうでもいいからチョコレートが食べたいので、異世界唯一のショコラティエになる事にした

高野 ケイ

第1話 ゲームの世界に転生したみたい

「お気分が悪いのですか、リンネ様?」

「大丈夫ですか? アリスさんが変な事をいうからですよ!!」



 こちらを気遣うドレス姿の少女たちの言葉で、私の意識がクリアになる。彼女達から視線を逸らし、ガラスにうつる姿は気の強そうな吊り目がちの金の瞳に、若草の色をしたクセのないストレートの髪をしたまるで外国のモデルのような美しい顔立ちの少女である。

 


「申し訳ありません、そんなつもりでは無くて……ただ、ジュデッカ様とは、昔からの知り合いなんです」



 対して、一瞬驚いた顔をして謝罪をするのは、絹のような長い黒髪に、人形のようにつぶらな美しい瞳の少女である。その姿はどこか前世の妹を彷彿とさせる。

 そう、前世だ。おそらく、ずっと慕っていたジュデッカという青年が目の前のアリスという少女と懇意だということがショックで記憶を取り戻したみたいである。



 何てしょーもない理由なのよ……こういうのって頭を打ったりとか、命の危機がきっかけだったりするんじゃないの?



 恋愛に興味のない私からしたらどうでもいい理由だったが、元のリンネにとっては一大事だったようだ。それが原因で前世の記憶がよみがえり、今のリンネの記憶に日本人だった私の記憶が入り混じってきたのだから……



「あのリンネ様……」



 何も言わない私に心配そうに声をかけてくるアリス。気を取り直して、周りを見回すと明らかに、日本ではないという事がわかる。ヨーロッパ風の館でドレスを着てお茶会か……



 どうやら、ファンタジーの世界に転生したようね。

 


 徐々に整理されていく記憶がその事実を補強する。そして……私は自分の顔には見覚えがある。妹がやっていた乙女ゲーの悪役令嬢であるリンネ=ユグドラシルというキャラクターだ。そして、今、私に謝っているのが主人公の『光の聖女』アリスだ。



「ごめんなさい、あのクールなジュデッカ様があなたには笑顔を見せていたから驚いてしまったのよ。許してもらえるかしら?」

「そんな……伯爵令嬢のリンネ様が私のような男爵家のものなんかに頭を下げないでください」

「いえ、迷惑をかけたのですから頭を下げるのは当たり前でしょう? 身分何て関係ないわ。皆さんも私の心配をしてくださってありがとうございます」



 私が頭を下げる「え、あのリンネ様が頭を下げた?」「リンネ様が癇癪をおこさない?」なとと取り巻き達が小声で騒ぐ。いや、もうちょっと小声で言うとかしなさいよ……と思いつつこれまでの自分の行動を見返すと当たり前の反応だなと思う。現にゲームではこの会話がきっかけで嫉妬したリンネは、アリスを目の敵にするようになりそれが原因で破滅フラグを立てていくのだ。

 もちろん、私はそんな未来は嫌なのでアリスにはこの場で謝ることにしたのである。そして、ゲームと同じならこの後に……



「お前ら動くな!! この屋敷は完全に包囲した!!」



 扉が乱暴に開けられて何人もの武装した男たちが入ってきたのだった。





「あなたたちは何者ですか!! ドレス姿の女性に剣を向けるとは恥を知りなさい。



少しでもアリスさんに良いところを見せようと男たちと彼女の間に立ちはだかると、風の音共に目の前で銀色の刃が光り、私の髪が数本はらはらと地へと舞い、薄汚れたレザーアーマーの男が叫ぶ。



「抵抗するな、お前たちの命は俺たちの思うがままっていうのをわかっただろう。これはお遊戯でも、遊びでもない」

「ひぃっ!!」


 

 悲鳴を上げたのは私の後ろにいるアリスと私の取り巻きの子たちである。愛くるしい顔を恐怖に染めており、ちょっと可哀そうである。



 みんな驚いているけど、この後何がおこるかわかってるわ。だって、これは妹に見せられた乙女ゲーの一シーンですもの。



 私は後ろの女の子たちを落ち着かせるように声をかける。下手に騒いで逃げ出そうとしたらゲームに登場した私やアリスさんはともかくモブの子はどうなるかわからないからだ。



「大丈夫よ、すぐに騎士様たちが助けに来るわ。だから安心して」

「はっ、騎士なんて助けに来ねえよ。おとなしくしやがれ。今度は髪じゃすまさねえぞ!!」

「あなたこそ、今、剣を納めれば少しは罪が軽くなるように証言してあげてもいいわよ」

「はっ、うるせえ。生意気な女だな!!」



 男が私の胸倉を掴もうとこちらへと近づいてこようとしたその時だった。窓ガラスがパリーンと割れて、一人の青年が私と男の間に割り込んできた。

 その青年は蒼い白く美しい甲冑に身を包んだ、淡い水色の髪に氷のような眼差しの蒼い眼の青年だった。目を引くのは物珍しい髪色だけではない。全体的に美しく整った容貌と無表情さがどこか優れた芸術家に造られた彫刻の様でより、その魅力を際立たせる。

 


「ジュデッカ様!!」 



 誰かがその青年の名を呼ぶ。そう、彼こそがさっき話題に上がっていたジュデッカ=コキュートス。彼は美しいけど主人公以外には笑顔を見せないクールっぷりから乙女ゲーでは『氷の騎士様』と呼ばれているのである。



「お嬢様方大丈夫ですか?」

「「はい……♡」」



 青年の安否を気遣う声に何人かの少女が甘い声で返事をする。美しい青年がピンチの私達を助けに来る。これはまるで英雄譚の一ページの様である。



 まあ、乙女ゲーだしね。



 そんな中私はどこか冷静に状況を分析していた。これは確か主人公のアリスと、目の前の氷騎士様との回想で語られるエピソードだったはずだ。

 ゲームこそちゃんとやっていないが、ジュデッカ様が妹の推しのため何回も語られているので内容は大体覚えているし、この画面のスクショも見せられた。まだゲーム本編が始まっていないなら私の破滅フラグも何とかできそうね……



「はっ、お前ら貴族に負けてたまるかよ!!」

「国に文句があるのはわかる……だったらもっと違う方法で抗議をすべきだったな」



 考え事をしている私の前で剣を構えた二人の戦いが始まる。目の前の男も手練れだったはずだが、氷騎士様は相手の剣をあっさりと受け流して返す刃で相手を切り伏せる。その光景にさっきまでの緊張感はなんだったのか、黄色い声まで上がる。



「くっ、お前らここは一旦撤退を……」

「氷穴地獄よ、全てを捕らえよ」



 リーダーがやられた残りの男たちが身をひるがえして逃げようとするが、そうはいかない。氷の騎士様の詠唱と共にまばゆい光が敵を包み込んだかと思うと、あっという間に全身を氷漬けにしてしまったのだ。

 そして、氷の騎士様は無表情のまま、だけど、私達を案じるかのように声をかけてくれる。



「皆さま大丈夫でしょうか? 我がコキュートス家が警護をしている中このような事になってしまい大変申し訳ありません」



 そう言って頭を下げる氷騎士様に女子達はどう返事をすべきか……彼女達の視線はここでもっとも権力の高い女性……すなわち私に集中する。

 内心ため息をつきながらも私は礼儀を忘れないように気を遣って返事をする。彼は確かにイケメンだが、前世でも恋愛に興味がなかった私には関係ない。そして、この先の未来を知っているのならばなおさらである。



「いえいえ、ジュデッカ様が謝る事ではありませんよ。幸い私達に怪我をした人間はいませんし、こうして助けてくださったのですから」



 そう言って私が微笑むとジュデッカ様はおろか、アリスを筆頭とした他の女子達もびっくりした顔をする。ああ、そうだ……元々の私はもっと我儘だったのだ。ギャーギャー騒ぐと思っていたのだろう。

 少し気まずくなった私は慌てて話題を変える。



「アリスさん。確か治癒魔法が使えましたよね? ジュデッカ様の治療していただけますか?」



 私達を助けるためにガラスを割ってきた時に負ったであろうジュデッカ様の傷口を指さしてアリスさんにお願いをする。

 彼には私の事なんて気にしないでアリスさんといい感じになってほしいのである。



「あ、はい!! ですが、私達を庇ったせいでリンネ様のお顔に傷が……」



 アリスさんは私の顔を見て、心配そうに声をあげる。ああ、そう言えばさっきのでかすり傷をおったのよね。とはいえ、傷跡ものこらないような些細な傷である。

 


 こんなものつばでもつけておけば治るでしょ。



 というわけで私は満面の笑みで答える。



「こんなのかすり傷ですから大丈夫ですよ。それよりも私達を守ってくださった騎士様の治療の方が大切でしょう?」

「「なっ」」



 私の言葉に再度みんなが驚きの声をあげる。特に驚いているのはアリスでどこか不思議そうなものを見る目で私を見つめてくる。



「リンネ様……噂と全然違う……」

「そうでしょうか? 五大貴族の一人として当然のことをしているだけですよ」

「賊に襲われたばかりなのに、なんて優しく強い方だ……」



 すっかり面食らったジュデッカ様は私の言葉を聞くと何やらごにょごにょと呟いて小さく笑った気がする。私としては早くアリスさんにジュデッカ様を治療して欲しいんだけど……

 アリスさんに視線を送ると、じーっとこちらを見ていた彼女はハッとしたようにしてジュデッカ様の傷口に手をかざす。


 

「ジュデッカ様、治療を始めますね」

「はい、よろしくお願います」



 よしよし、これでいいだろう。これで彼と彼女のフラグが立つはずだ。そして、今後、私は彼女たちにには……特にジュデッカ様とは過度に干渉しないようにする。

 だって……彼こそがゲーム本編で私……リンネ=ユグドラシルと婚約破棄をし、国外追放という破滅フラグへの道を歩ませる男なのだから。その後のリンネについては語られないが、世間知らずの我儘令嬢が誰も知り合いのいない異国でどうなったかなんて、想像に容易い。

 だけど、なぜだろう、彼の視線は傷を治しているアリスではなく私に集中している気がするんだけど……



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お昼にまた更新します。よろしくお願いします。

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