祀られるモノ
ふと、何かの物音が聞こえて目が覚めた。どれだけ寝ていただろう。寝惚け眼を擦りながら起き上がるも、カーテンの向こう、窓の外にまだ陽は昇っていない。そういえば、どうやって二階の自室のベッドまで辿り着いたんだっけ。記憶が曖昧だ。
何となしに窓から外を覗いて、心臓が跳ね上がった。家の前の道を、何かを担いだ母が歩いている。母は白の着物を纏っていた。目を凝らして見ると、それは斎服――いや、まるで死装束だ。
同時に、母が担ぐものの正体も明らかになる。黒のパーカーを着た、人。わたしと一緒に来たはずの、
「御門くん!?」
悲鳴に似た声が漏れ、咄嗟に口を覆った。母がわたしに気づく様子はない。待って。彼をどうするつもりなの。わたしは慌てて母の後を追うことにした。背筋が寒くなるような、嫌な予感に襲われながら。
予感は的中し、斎服姿の母が訪れたのは、家の裏手の山の中の神社だった。強烈な寒気に襲われる。ここに近づいてはいけない。境内に入ってはいけない。本能がけたたましく警鐘を鳴らす。それでも、母の目的を探りたくて、本能に蓋をする。
参道の砂利道を通り抜けて辿り着いたのは、拝殿の更に先、御神体を祀る本殿。固く閉ざされた木の扉を、母はゆっくりと開く。中に鎮座するモノを見て、わたしは息を呑んだ。
「アレは――何?」
本殿の中に納まる、黒い靄の塊。見覚えがある。かつて襲われた祟り神に似ている。あの時は御門くんが助けてくれて、彼の抱える秘密を知ったんだっけ。でも、あの怨念の塊よりも遥かに負のエネルギー、陰気が多い。
母はあろうことか、担いでいた御門くんを靄の中に突き入れようとする。わたしは咄嗟に叫んだ。
「やめて!」
鋭い制止の声に、手を止めた母が振り向く。わたしの姿を認めた母は、にこりと貼りつけた笑みを浮かべた。
「ダメじゃない、こんな夜更けに外をうろついて。危ないでしょう」
「それはこっちの台詞だよ。お母さん、何してるの。アレは何なの」
母は憂いげに視線を伏せた。
「そう……憂もいい加減知っておくべきでしょうね。いいわ、教えてあげる。あれは
「鵺……」
口の中で呟くように反芻する。鵺。
でも、どうしてこんな所に? 黒い雲のような姿は清涼殿に現れる際の描写に酷似しているけれど、本当にあれは鵺なの? 鵺として伝えられているなら、その正体は?
わたしの頭の中に次々と浮かぶ疑問を見透かしたように、母は答える。
「便宜上は鵺と呼んでいるけれど、あれは源平合戦で散った人々の怨念の塊。長い歴史の中、人知れず埋もれてきた慟哭が寄り集まってカタチを成したモノ」
母は静かに語る。我が家で祀る神、その実態を。
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