祀られるモノ・2
「憂は知らないでしょうけど、木下の先祖はその昔、身を犠牲にして、鵺が厄を齎さぬようこの地に封じたの。なんて言うと聞こえがいいけれど、単に貧乏くじを引かされただけ。時の権力者は怨念を鎮めるために辛うじて生き残った平家の残党を利用した。それが私達の先祖。頼政の子孫なんて真っ赤な嘘。先祖はアレを封じ込めるための礎――いいえ、生贄にされたの。私達が陰法師を引き寄せるのは、鵺を封じた彼の血を引いているから。怨みの矛先は権力者ではなく、鵺を封じ込めた先祖に向いたみたい。権力者の狙いはこれだったのかもね」
「そんな……」
わたしは言葉を失う。古くは源平合戦の頃から蓄積されてきた敗者の慟哭。それから二千年近く経っている。ともすれば、あの鵺と呼ばれる怨念の塊には、源平合戦のみならず、それ以降全ての敗者の怨み辛みが集っているかもしれない。
「でもね、憂は何も心配しなくていいの。お母さんが全て終わらせるから」
「どうするつもりなの」
一転して穏やかな表情に変わった母を薄気味悪く思いながら詰問すると、母は悪戯を思いついた幼子のように無邪気に微笑んだ。
「先祖が施した封印を解いて、アレを世に放つの。今まで私達に全ての厄を押しつけてきた連中がどうなるか、見ものじゃない?」
「そんなこと――」
「鵺に生贄を捧げれば封印は解ける。そのための贄も憂が連れてきてくれたし、きっと万事がうまくいくわ」
わたしは愕然とした。わたしの行動は、全て母に読まれていた? 地に倒れ伏した御門くんはぴくりとも動かない。もしかして……思い当たる節があった。夕飯の後に途切れた記憶。母は夕飯の準備をわたし達に手伝わせなかった。それは、食事の中に、睡眠薬か何かを盛るためではないか――
「どうして? 彼のこと、認めてくれたじゃない」
母は目を吊り上げてこちらを睨んできた。
「許す訳ないでしょう。憂が私の誘いをどうにか躱そうとしたのは解ってたわ。だから私もそれに乗ってあげただけ。あんな、何の苦労もしてこなかったような若造に、私達が味わってきた苦悩を理解されてたまるものですか!」
「随分な言いようだな」
嘲笑混じりの声が、昂る母を遮った。
「化けの皮が剥がれたな、お義母さんよぉ」
「御門くん!」
ゆらりと立ち上がり、喉を震わせて笑う御門くん――違う。今の彼はカゲリだ。
「残念だったな。何か仕込んでたみてーだが、
確か以前、カゲリは御門くんの体を勝手に操ると言っていた。つまり、御門くんが意識を失っていても、カゲリさえ無事であれば動けるらしい。
ともあれ、御門くんが自由を取り戻したのであれば、生贄にされることを拒める。母の目論見は潰えたと言える。
「お母さんもうやめてよ、こんなこと。わたしはこのままでいい。他の人に押しつけてまで、今更普通に生きたいとは思えない」
「黙りなさい!」
わたしの訴えを怒鳴って遮った母は、全く聞く耳を持ってくれない。
「まだ……終わってない。諦めるものですか!」
切実な金切り声を上げ、母は自ら靄の中へ飛び込んだ。
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