帰郷

「初めまして、お義母かあさん。憂さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいている御門ミカドカスミです」

 胡散臭い笑顔で御門くんが笑った。彼を見つめる母も穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その内心は計り知れない。二人の間の空気もどことなく張り詰めているように感じる。嘘がバレたらどうしようとわたしも気が気じゃない。

 どうしてこんなことになっているのか――話は数日前に遡る。


 × × ×


「急に呼び出して、何?」

 霧雨篠の招集を受けた御門くんは不機嫌そうだった。彼を呼び出すとは思ってもいなかったので、わたしは慌てて頭を下げた。

「ごめんね、休日に」

「別にいいけど、木下さんも休みの日にわざわざコイツと会う必要ないでしょ。もっと有意義に過ごした方がいい」

 散々な言われようだが、構わずに霧雨篠は用件を告げる。

「憂ちゃんが里帰りするらしくてね。霞、キミにも同行してほしいんだ」

「何で?」

 怪訝な視線が突き刺さる。ろくに理由も説明せずに同意するはずがない。

 霧雨篠は御門くんを呼びつけた目的を告げた。無理に連れ戻そうとするわたしの母に、帰れないことを納得させるために結婚を前提に付き合っている彼氏のフリをしてほしいと。そんな作戦、わたしも初耳だった。

「面倒くさ……」

 御門くんはげんなりと吐き捨てる。明らかに乗り気ではない。

「や、やっぱりいいですよ! ただの家庭の事情なんで、御門くんまで巻き込むのは申し訳ないし。ごめんね御門くん、今日のことは忘れてもらって構わないから」

「ただの家庭の事情であれば、私も口は挟まないさ。ただ、私も気になっていたんだ。憂ちゃんの家系のこと」

「わたしの……?」

 両親が離婚しており、母方の実家が神社で、代々陰法師を引きつける体質であること以外はさして変わり映えしない一般家庭のはずだ。霧雨篠が気にする要素はないと思うのだけど。

 首を傾げるわたしに、霧雨篠は怜悧な視線を向けて問うてきた。

「ご実家の神社で何を祀っているか、キミは知らされているか?」

「いいえ、祖父からは何も……」ふと、思い出したことがあった。「神主だった祖父に、神社には近づいちゃいけないって強く言われてたんです。だから神社のことは何も知らなくて。母も聞いていたいたはずなんですけど……」

 わたしに神社を手伝うように言ってきた母は、父親から孫娘への忠告を忘れてしまったのだろうか。

「成程ね」霧雨篠は思案顔で顎をつまんだ。「身を守るお守りをくれるくらいキミの身を案じていたお祖父さんがキミを神社から遠ざけたのなら、そこで祀られているのは十中八九良くないモノだろうね」

 今まで考えなかった――いや、考えることを避けてきたけれど、祖父であれば御神体の正体に気づいていたはずだ。その上で、わたしに近づくなと言い含めていた。となると、霧雨篠の推論は的を射ているだろう。

「神社には通常神が祀られているが、八百万の神が坐す日本において、神と呼ばれる存在は幾つかある。自然現象を神格化したもの。そして、怨霊を祀り上げて神に昇華させたもの。キミの実家で祀られているのは後者じゃないかな」

 神に昇華された怨霊の例に、天神様こと菅原すがわらの道真みちざね公がいる。不遇な扱いを受けて亡くなった彼が怨霊となって祟りを齎したと恐れた人々は、これ以上の被害を及ぼさないよう彼を神に祀り上げて崇め奉った。

 道真公に限らず、元が怨霊である神は案外多い。神様の経歴を調べれば判るが、日本は怨霊大国なのだ。だから、わたしの家で怨霊を祀っていてもおかしくはない。

「問題は、何を、何故祀っているかだけれど……それが解れば、キミの体質のルーツが見つかるかもしれない。そして、改善する方法もね」

「えっ」

 心臓が跳ね上がる。知りたい。でも、知りたくない。相反する感情が去来する。

「さて、霞」霧雨篠は辟易した顔を隠さない御門くんに向き直った。「憂ちゃんの実家で祀っているモノを調べてきてくれ。私からキミへ課す春休みの課題だ、いいね」

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