子の心、親知らず
高校三年に進級する直前の春休みのこと。わたしの元に一本の電話がかかってきた。
『もしもし、
受話器の向こうから聞こえたのは、聞き間違えようのない肉親の声。一気に気が重くなった。
「お母さん……」
滅多に連絡を寄越さなかったくせに、いったいどういう風の吹き回しだろうか。訝るわたしに、母は思いもよらぬ言葉を告げる。
『おじいちゃんから受け継いだ神社、お母さん一人で切り盛りしてたけどもう限界で。憂には高校辞めてこっちに帰ってきて、神社を手伝ってほしいの。それに、歳頃の娘が親元を離れて一人暮らしなんてやっぱり心配で堪らなくて』
「待ってよ!」わたしは思わず声を張り上げていた。「高校だってあと一年あるんだよ。大学受験だってあるし、勝手なこと言わないで」
わたしの抗議も馬耳東風。母は言いたいことだけ伝えると電話を切ってしまった。
電話の翌日には最寄り駅までの切符が送られてきた。実家は街から離れた山の方にある。旅費は負担するから帰ってこい、と言いたいのだろう。けれど、実家に帰って母と暮らすつもりは毛頭ない。どうしようと途方に暮れながら街を歩いていると。
「おや、憂ちゃんじゃないか。浮かない顔だね、どうかしたのかい?」
フランクにかけられた声に顔を上げる。そこには、モデルのように整った目鼻立ちの美人――陰法師による犯罪を取り締まる〈特殊怪奇捜査班〉を統べる
「霧雨さん……」
彼女に相談すべきか、わたしは逡巡した。霧雨篠はわたしの体質を陰法師犯罪の捜査に役立てているからか、以前「困ったことがあれば何でも相談してくれ」と言ってくれた。けれど、流石に家庭の事情まで詳らかにするのは如何なものか。
わたしの葛藤も知らず、彼女は無遠慮に顔を覗き込んでくる。
「何か悩み事かな、表情が暗いね」
「そう、ですね。悩み事、あるにはあるんですけど、霧雨さんのお手を煩わせる訳には……」
「水臭いことを言わないでくれ、私達の仲だろう? そうだな……立ち話もなんだし、場所を変えようか」
半ば強引な霧雨篠に連れられ、入り組んだ路地の先に佇む喫茶店に入る。店内は昔ながらの、いわゆるレトロな雰囲気で若い女性に人気がありそうだが、隠れ家のような立地から客の姿は少なく、ゆっくりと落ち着ける場所だった。
「ここは私の知人が個人で営んでいるから、気兼ねなく話してくれて結構だよ」
店主のいるカウンターから離れた席に着いた霧雨篠に促され、わたしは重たい口を開く。
「実は――」
わたしは掻い摘んで事情を説明した。ひとしきりの話を聞き終えた霧雨篠は成程、と腕を組んだ。
「要は、実家に帰らなくてもいい口実を作ればいいんだろう? 私に良い案がある。任せてくれたまえ」
自信たっぷりに宣言する霧雨篠の様子から、何か突拍子もない発案をするのではないか、と予感があった。そして、その予感は的中した。
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