追憶・3
その日、狩矢から久方ぶりの連絡があった。
「よう狩矢。そっちはどうだ? ひと段落ついたら飲みに行こうぜ」
『神崎……お前に頼みがあるんだ』
重々しく口を開いた狩矢の声は、どこか切羽詰まって聞こえた。
「何だよ急に改まって。一体どうしたんだよ」
『純二のことをよろしく頼む。アイツは素直だけど俺に似て向こう見ずなところがあるから、無茶しないようにお前が支えてやってくれ。父さんは側にいないし、母さん一人じゃ大変だろうから』
「おい、狩矢」
一方的に言い募ると、通話は途切れた。嫌な予感がした。これではまるで、狩矢は自らの死期を悟っているようではないか――
予感は的中して、それから程なくして神崎の元に狩矢の訃報が届いた。
急いで病院に駆けつける。霊安室に横たわる亡骸の傍らには霧雨篠と名乗った女と、見覚えのない黒い影が聳えていた。
神崎の姿を認めた霧雨篠は柳眉を下げた。
「神崎クン、といったね。残念な結果になった。狩矢クンは通り魔を防ごうとして犠牲になってしまったんだ」
「一端の正義感を口にしてた割にはこのザマかよ、情けねェ。力を持たない奴がしゃしゃり出ていいモンじゃねえんだよ」
影は苦々しく吐き捨てる。瞬時に神崎の頭に血が昇った。怒声と共に掴みかかる。
「お前は!」
「はいはい、御霊前で暴れない」
怒り心頭の神崎を引き剥がしたのは霧雨篠だった。華奢な肢体の割には力が強い。
「狩矢クンと親しかったキミには知る権利はあるだろう。通り悪魔が現れることは二度とないし、真実を話そうか」
神崎は目の前の女を睨みつけた。
「……どういうことですか」
「そのままの意味だ。事件が新たに起きることはない。狩矢クンの死をもって、ね」
女狐は紅唇を弓形に歪め、意味深長な笑みを浮かべた。
場所は移り、彼女の根城である〈特殊怪奇捜査班〉の
「我々は一連の事件を通り悪魔の仕業と仮定した。通り悪魔とは心の弱い人間に取り憑き、乱心させる怪異だ」
心の弱い人間――すなわち、いじめを受けていた受刑者やパワハラに悩んでいたヤクザの下っ端、上司に罪をなすりつけられた議員秘書。どれもが急に取り憑かれたように行動を起こしたと聞いている。
「そして、その怪異を生み出していたのは他ならぬ狩矢クンだったんだ。彼の行き過ぎた正義感が無自覚に事件を引き起こしていた」
「そんなこと――」
反論しようと試みた神崎は言葉を噤んだ。以前、別の通り魔事件が起きた際に狩矢は「死にたいなら一人で死ねばいい」と憤慨していたことを思い出したのだ。彼は無関係な一般市民が犯罪に巻き込まれることを良しとせず、また犯罪者には厳しい一面がある。犯罪者が犯罪者に危害を加え、一般市民には被害が出なかった今回の事件。狩矢が望んでいなかった、とは言い切れない。
「狩矢が望んでいたとして。どうやってその通り悪魔とやらをアイツが生み出したって言うんです?」
反論を呑み下した神崎は、からからに渇いた喉から絞り出した声で問うた。
「人が抱く負の感情は、時として恐ろしいモノを生み出すものだ。我々はそれらを陰法師と呼んでいる」
霧雨篠はそう前置きして、陰法師と呼ばれる存在を説明した。人の心の闇が生み出し、鬼や妖怪と呼ばれ語り継がれたモノ。彼女が率いる〈特殊怪奇捜査班〉は陰法師が原因の犯罪を取り締まるために設立したのだと明かした。
「捜査の中で自分が通り悪魔を生み出したことに気づいた狩矢クンは、その心の隙を他ならぬ自身が創り上げた通り悪魔に憑かれてしまったんだ。止められず、大切な友人を死なせてしまって申し訳ない」
殊勝な面持ちで頭を下げる霧雨篠。しかし、その謝罪は決して心から誠意を込めたものではなかった。厚かましくも続けてこう宣ったのだ。
「私としては、狩矢クンの名誉のためにも真相を公にするつもりはない。この件は不幸な事故として処理するつもりだ。協力してくれるかな」
キミも、大切な友人を犯罪者として葬りたくないだろう? 女狐は囁く。そのために自分に真実を告げて抱き込んだのか。神崎は頷かざるを得なかった。
友を喪い、正義を見失ったその日。神崎は道化に徹することに決めた。
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