怨讐

 御崎署からほど近い公園で、神崎は紫煙を燻らせていた。空に立ち昇り消えてゆく煙を眺めながら、狩矢と夢を語っていた頃は煙草の味も知らなかったことを思い出す。あれから自分は随分と変わってしまった。

「すみません先輩、遅くなりましたっ」

 神崎の姿を認めた霜月が駆け寄ってきた。子供の頃に実家で飼っていた愛犬を想起させた。

 まだ長い煙草の吸いさしを携帯灰皿に捩じ込み、神崎はへらりと笑ってみせる。

「ええよ、仕事中に呼び出して悪いなぁ」

「いえ、少しくらいなら平気です。それに、おれも先輩と話したかったので」

「おーおー、嬉しいこと言ってくれるやん。ほな行こうか」

「はい」

 二人は並んで歩き出す。閑静な住宅街が視界を通り過ぎていく。

「それで、どこ行くんです? まだ何も聞いてないっすよ」

「あれ? せやったっけ。ほんなら今から喋るわ。御子柴ちゃんの見舞いに付き合ってほしいんよ」

「それは構いませんけど……おれ、御子柴さんとは会ったことないですよ。迷惑にならないですか? それに、見舞いの品も用意してないし。今から花買ってきましょうか」

「大丈夫やて。そういうの御子柴ちゃんは気にせぇへんよ。それに自分、御子柴ちゃんに謝ることあるやろ?」

「――え?」

「御子柴ちゃん刺したの、自分やろ」

 霜月の歩みが止まった。浮かべていた屈託のない笑みが顔から消える。色をなくした眼を真っ直ぐ見据え、神崎は言葉を続ける。

「通り魔の被害に遭うた小学生や主婦はいじめを、ホストは女を騙くらかして金を巻き上げとった。つまり、被害者は皆誰かを加害する側だったんや。そんで、そいつらの被害に遭った人らは皆同じ交番に相談に行っとった。一年前、お前が勤めてた交番にな。相談した被害者の被害者にお前の写真見せたら、全員が話聞いてくれたのはコイツや言うとったわ」

「それが……どうしておれが御子柴さんを刺したことに繋がるんですか」

 問うてくる霜月の声は硬く強張っている。

「まあ最後まで聞けや。襲われた被害者達は全員殺人依頼サイトに載せられとった。けど、そいつらはフェイクや。スレッドを遡った結果、ボクらはスレッドを立てた奴の本命は御子柴ちゃん……いや、特怪だと推測した。特怪と通り魔事件。この二つの繋がりを辿ると、犯人の目的は五年前――狩矢の仇討ちじゃないか思うてな」

 視線を俯かせた霜月は唇を強く引き結んでいる。神崎は核心を告げた。

「お前、狩矢の弟やろ? 名字が違うのは両親が離婚していて親権が別々だから。違うか?」

「ああ……やっぱり先輩はおれのこと気づいてたんですね」

 切り札を叩きつけられた霜月は一変した。これまでの忠犬じみた態度は鳴りを潜め、あっけらかんと開き直った様はふてぶてしくすらあった。

「当たり前や。アイツからどんだけ弟の話聞いたと思っとんねん。顔見て名前聞いたらすぐピンときたわ」

「じゃあ、何でおれがこんなことしでかしたのかも解ってますよね?」

 兄の面影を宿した顔立ちを向けられる。試すような問いに、神崎は頷いた。

「動機は復讐か」

「ええ。兄貴が何で死んだのか、子供だったおれは誰にも理由を教えてもらえなかった。それなら自分で調べてやろうと警察官になったんです。そして、兄貴が死ぬ前に特怪と呼ばれる部署に関わったことを知った」

 淡々と語る霜月の双眸が暗い輝きを帯びる。

「御崎署に残る捜査資料によると、兄貴が死んで事件は解決していた。けど、どうして兄貴が死ななければならなかったのか解らなかった。けど、肝心の特怪には霧雨って女のガードが固くて潜り込めない。そこで同じ通り魔事件が起きれば特怪も動かざるを得ないと考えたんです。だから、交番時代に相談された件を利用して同じような事件を起こしてやろうと思い立ちました。どうせなら社会のクズも駆逐した方が一石二鳥じゃないですか」

 霜月の言い分は神崎が想像した通りだった。

「特怪を怨むのは別に構わへんよ。でも、御子柴ちゃんは関係ないやろ。あん時はまだ、特怪どころか警察組織にすらおらんかったんやから。怨むのは筋違いってモンや」

「おれも正直、御子柴さん個人に怨みはありません。要は組織に傷がつけばよかったんですよ。若手署員が通り魔に倒れることで兄貴のことを思い知らせてやる目的もありました」

 神崎は深いため息を落とした。兄のため、義憤に駆られて道を外した霜月。けれど、その行いは正しいとは言えない。

「お前は一つ勘違いしとる」

「え?」

 目を瞠る霜月に、神崎は躊躇いながらも事実という刃を突きつけた。

「五年前の事件の原因は……狩矢だった」

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