言わぬが花
「嘘だ……そんなこと……」
神崎が語った過日の真実を受け、霜月は狼狽していた。無理もない。憧れていた兄の死の真相は彼にとって到底受け容れ難いものだったのだから。彼にかける言葉を、今の神崎は持ち合わせていなかった。
「う、わぁああぁあぁあああ!」
頭を抱えて喚く霜月は懐から拳銃を取り出すと、錯乱したのか無作為に発砲し始めた。
「霜月!」
これではまるで、かつての通り悪魔に憑かれたようではないか――神崎の身体は咄嗟に動いていた。普段であれば銃を持つ相手に丸腰で挑む無謀な真似はしない。しかし、親友の忘れ形見が狂乱する姿を目の当たりに、居ても立っても居られなかった。狂ったように暴れる霜月を取り押さえる。揉み合った末、鉛弾が神崎の脇腹を抉った。思わず腹を押さえて蹲る。じわりと熱いものが掌を濡らした。苦痛に顔を歪めた神崎を捉えた霜月の眼が動揺に揺れる。
「せんぱい……俺、俺はなんてことを……こうなったらもう、死んで償うしか――」
彼は泣きながら、震える銃口を自らの額に突きつける。
「やめろ馬鹿!」
止めようとするも、負傷した体は思うように動かない。制止する間もなく、霜月は引き金に手をかけ――
「はい、そこまで」
――発砲することはなかった。時間が停止したかのように彼の動きは止まっている。背後から、黒い影が音もなく現れた。黒のフード付きマントを纏った見覚えのある人影は。
「よぉ。無様なことになってんな」
「カゲリ……」
カゲリは影を媒介に他者を操ることができる。霜月の影を喰らったカゲリは、彼が引き金を引く直前の姿で縫い留めたのだ。
「ほら、手錠出せよ。このままにしとくつもり?」
呆然としている間に、霜月は拳銃を手離して両手を前に突き出していた。霜月の肉体の主導権を握ったカゲリが動かしたのだろう。神崎は懐から手錠を取り出すと、傷を負った体を引きずりながら霜月の両手首にしっかりと嵌めた。
「カゲリ……お前、どうして」
「あの用意周到な女狐がアンタらを監視してないとでも思った?」
得心がいく。霧雨篠がわざわざ神崎を引き抜いたのは、御子柴が欠けた穴を埋めるついでに動向を間近で見張るためだったのか。彼女は最初から狩矢の関係者が事件に関与していると読んでいたのだ。
「ったく、兄弟揃ってバカなことしやがって。仇討ちなんてされても迷惑なだけだ。弟を置いていなくなる兄貴のことなんか、さっさと忘れとけばよかったんだよ」
吐き捨てるカゲリの物言いは冷たく突き放すようでいて、霜月への憐憫が込められていた。彼なりに気を遣っているのだろう。本当は解っていた。カゲリは血も涙もない化け物などではないと。狩矢の時だって、彼の無謀こそ批難したが、それは正当な評価だったのだと今なら解る。
「――何で狩矢は死んじまったんだ」
堪えていたものが、ぽつりと零れ落ちた。それは後から後から溢れ出し、止められなかった。
「狩矢を助けられたら、霜月だって罪を犯さずに済んだだろ。どうしてアイツだけ……」
カゲリを責めたところで仕方がないことは理解している。責めるべきも怨むべきも、あの日親友に何もしてやれなかった自分自身だというのに。とめどなく湧き上がってくる後悔は堰き止められなかった。
「――ごめん」
らしくなく、カゲリは素直に頭を下げてきた。神崎は口元を歪めた。自分はうまく笑えているだろうか。
「謝るなよ……気色悪い」
男達の慟哭が空に吸い込まれて消えていった。
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