接触

「――それでね、その行方不明事件は笛吹き男の仕業なんじゃないかって言われてるの」

「ふーん……」

 同級生の永瀬ナガセアカリが語るオカルト話を聞き流すおれこと安倍アベシズクは、中学三年になっていた。そろそろ本格的に進路を決めないといけない時期だ。

 とはいえ、やりたいことは特に見つからない。高校、大学と適当な学校に進学して、卒業後は家を継がされるのだろうなとぼんやり考えていた。

 今は放課後。部活動に所属していないおれ達は揃って帰宅しているところだ。新しく仕入れたオカルト話を興奮気味に捲し立てながら隣を歩く灯を盗み見る。

「なあ、灯は進路決めてたりする?」

「え、急に何?」

 ふと零れた問いに虚を突かれた灯は丸い瞳を瞬かせた。

「まだに決まってるじゃん。だって三年になったばっかりでしょ? 実感が薄いっていうか、まだ十四年しか生きてないのにこの先の生き方を決めろって言われても困っちゃうよ。なのに高校も大学も、ある程度将来を見越して選ばないとダメじゃん? 難しすぎるって」

 灯の言い分はもっともだ。オカルト好きな割には現実をよく見ている。

「雫はお家継ぐんでしょ? 進路決まってるようなものじゃん、いいよねー」

 溜め息混じりに灯は言う。継ぐべき家があるおれは、進路を暗中模索している同級生にとっては羨望の的なのか。

 ――けれど、本当にそれでいいのか? 胸の中にもやりと疑念が広がった。予め敷かれたレールの上を黙って進むのが最善なのか?

 家の連中は皆、おれが父様の跡を継ぐと信じて疑わない。父様もそのつもりで、おれにあらゆる教育を施している。だけどおれは陰陽師になんかなりたくないし、本音を言えば家も継ぎたくない。祓うべき陰法師は正直怖くて堪らないし、おれよりももっと後継に相応しい人がいるはずなんだ。

「雫? 今、雫って言ったよね?」

 思案に耽っていると、背後から名前を呼ばれた。振り向くと、ばっちりと決めた化粧にゆるく巻いた明るい茶髪、制服を着崩した、いわゆるギャルな見た目の女子高生が目と口を大きく見開いてこちらを凝視していた。

「やっぱり雫だー! 久しぶり! 元気してた?」

 言うや否や、ギャルは突然抱きついてきたではないか! 灯の視線が痛い。おれは懸命に引き剥がしながら抗議する。

「何なんだよアンタ! 初対面の男子中学生にいきなり抱きつく奴があるか、通報するぞ!」

「初対面じゃないよ? 忘れたの? 小さい頃一緒に遊んだじゃーん!」

 脳裏に蘇る朧げな記憶。そうだ、おれは今よりも幼い頃、陰陽道の修行を抜け出して三人で遊んでいた。おれと使用人の五十嵐イガラシと、あと一人。黒髪の――

「お兄ちゃん……?」

「やだなー、どう見ても女っしょ? 私は。アンタの従姉のだよ」

 派手なメイクで覆われた相好を崩し、霞は言った。

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