児童連続失踪事件

 春は出会いと別れの季節、などと言われるが、妙な事件が起こりやすいのもこの時期だ。うららかな陽気に当てられて変な気を起こす輩が多いのだろう。

 通り魔に刺された傷も癒えて復職を果たしたこの頃、子供が相次いで行方不明になる事件が発生していた。被害児童達はまるで何かに操られたかのようにふらふらとどこかへ行き、消息を断ってしまう。いなくなった子供達の行方はいずれも杳として知れない。

「子供達が突如としていなくなる。まるで笛吹き男だな」

 捜査会議から戻った霧雨キリサメシノが言った。この厚顔無恥な上司はまたしても勝手に会議に参加してきたのだろう。いつものことなので、僕も呆れることはなくなっていた。

 笛吹き男ならば、霧雨篠の講釈を受けずとも知っている。中世ドイツ、ハーメルンの街で起きた集団失踪事件だ。街中に湧き出るネズミに困っていたハーメルンの人々の前に、笛吹き男が現れる。彼は笛の音でネズミを操り、川に誘って一匹残らず溺死させる。住民達は男に感謝こそしたものの、約束の報酬を支払わなかった。腹を立てた笛吹き男は、笛の音で今度は子供達を操り、子供諸共行方不明となった――

 この話は実話とされ、ヨーロッパで猛威を振るった黒死病ペストの暗喩だとか、他にも誘拐や身売り、少年十字軍に従軍したなど様々な説が囁かれているが、真相は定かではない。

「笛吹き男は確かに不気味ですが、失踪事件に関わってるとも限りませんし、本当に特怪ウチの管轄なんですか?」

 霧雨篠が捜査会議に参加して持ち帰る案件ヤマには、陰法師と呼ばれる人ならざる存在が関わっている可能性が高い。曰く「霊的アプローチから事件解決を目指すのが我らが〈特殊怪奇捜査班〉の役目」なのだそうだ。類似する霊的現象と結びつけ、そこから解決の糸口を辿るのだが、今件との類似性は子供の失踪だけ。ネズミも笛吹き男も登場していないではないか。確かに笛吹き男の正体は死神だ、悪魔だとも言われていると耳にしたことがあるが、霧雨篠の推論は今のところこじつけに近い。

「まさか班長、笛吹き男の正体は陰法師だったと仰るんですか?」

「はは、まさか! 笛吹き男の正体は私も興味はあるがね、今議論するのは止めておこう。長くなるし、話が逸れるからね」

 話が長くなる自覚はあったらしい。賢明な判断に胸を撫で下ろす。

「ある子供の証言だ。友達と公園で遊んでいたところ、一人の子供が笛が聞こえると言ってふらふらと公園を出て行ったきり、家にも戻らなかったそうだ。残された子供達は誰一人笛の音を聞かなかったと言う。本部の連中は子供の戯言だと流しているが、私はむしろこれこそ重要な証言だと考えている。憶測だが、笛の音には特定の対象だけを操る術がかけられているのではないかな」

 回転椅子に腰掛け、怜悧な目元を人差し指でトントンと叩きながら霧雨篠は推論を述べる。成程、と僕は頷いた。

「つまり、被害者だけに聞こえたモスキート音みたいなものですかね」

 モスキート音とは、蠅の羽音に似た高周波の音だ。人間が聞き取れるギリギリの音域で、加齢によって徐々に聞き取れなくなるという。僕の齢であれば聞こえなくなってきてもおかしくない。

「そう。モスキート音であれば子供に聞こえるはずだが、今回の場合、笛が聞こえた子供と聞こえなかった子供がいるのが不可解だ」

 連れ去る子供の線引きは何で行われている? そして、行方不明となった子供達は無事なのか? 判然としない点は多く、捜査は難航しそうだ。

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