誰そ彼

 再会したおれと霞はファミリーレストランにいた。積もる話があるから、と誘われたのだ。ちなみに灯は先に帰ってしまった。帰り際に見せた気まずそうな表情は忘れられない。明日登校したら早急に誤解を解かなければ。

「ホント久しぶりー、七年ぶりとかかな? 昔はあたし、男っぽかったっしょ? しばらく本家でお世話になってたけど、本格的に修行することになって行かなくなっちゃったんだよねえ」

 向かい合わせの席に腰掛け、ストロベリーパフェをつつくスプーンを弄びながら霞は言う。おれの気苦労も知らず呑気なものだ。おれはじっとりと霞を睨んでメロンソーダを啜った。

「ふーん。じゃあ何で今になってこっちに来たんだ?」

「あれ? 雫ってば聞いてないの? なんかねー、伯父様が後継についてお布令を出したのよ。伯父様の出す条件を満たせた者を安倍家の後継ぎにするとかなんとか。それで分家のあたしにも声がかかったってワケ」

「は?」

 初耳だった。霞は得意げに胸を張るが、おれは父様から何も聞いちゃいない。条件っていったい何なんだ。それを満たさなければ、おれは家を継がなくて済むのか? だが、それでいいのか?

 眉間に皺を寄せて黙り込んだおれを気遣ったのか、霞は口を閉じてパフェに向き直った。互いのパフェ皿とコップが空になると、自然とお開きになった。

「じゃ、雫。また遊ぼーね」

 霞と別れ、急いで帰宅したおれは屋敷中を回って父様の姿を探した。しかし、広大な敷地のどこを探しても姿が見えない。

「おう、お帰り雫。何を慌ててるんだ?」

 おれのお付きの使用人である五十嵐が顔を覗かせた。渡りに船とはこのことか。おれは掴みかかる勢いで五十嵐に縋りついた。

「五十嵐! 父様を知らないか?」

「いや……俺は見ていないな」

 おれは肩を落とした。元より父様は全国の陰陽師達の元締めかつ警察庁長官とかなり多忙の身。人間も陰法師も取り締まる立場におり、家にいることは滅多にない。

「五十嵐はさ、今とは別の道を考えたことある?」

「藪から棒にどうした? まあ……確かに、狐憑きにならなかったら。この家には来ずに幼馴染みと普通に過ごしてたのかな、と思ったことはあるよ」

 意外な答えが返ってきた。五十嵐はおれが物心ついた頃から安倍の屋敷にいる。その両親も使用人だった訳ではなく、孤児だった彼を父様が引き取ったと聞いていたので、おれ以外にも幼馴染みと呼べる存在がいたとは知らなかった。歳も近く実の兄同然に育ってきた五十嵐にも、当然ながらおれの知らない顔がある。おれが七年も会っていない霞を深く知らないのは当たり前だ。

 ふと、当時中学生の五十嵐であれば、おれよりも霞の記憶が残っているのではないかと閃いた。

「実は、霞って従姉と久々に会ってさ。父様が後継ぎの条件を出したって言うんだよ。もし別の人が安倍の後を継いだら、おれは要らなくなるのかなー、って考えちゃって……」

「霞――霞だって?」

 五十嵐の温和な顔立ちが険しくなった。いつも柔らかな笑みを浮かべている顔が強張っている。五十嵐と霞と、三人で遊んだ夢を見たと話した時も同じ表情をしていた。

 周囲を思慮深く見回すと、五十嵐は声を顰めて囁いた。

「雫、よく聞け。お前にんだよ」

「え――」

 おれは言葉を失った。じゃあ、霞を名乗ったあの女はいったい誰なんだ――?

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