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◇ ◇ ◇
「おはようございます……って、あれ。班長はいないのか」
それから数日後。特怪の
手持ち無沙汰も何なので、狭い室内をぐるりと見渡す。何か出来ること――例えば雑多な室内の片付けとか――はないだろうか。
と、デスクの上の開きっぱなしのファイルが目に留まった。
「あの人、意外とルーズなんだよなぁ……」
完璧そうに見えて玉に瑕だ。もっとも、整頓されておらず物でごちゃついた室内や彼女のデスクを見れば火を見るよりも明らかだが。僕は溜息混じりにファイルを閉じようとし、ふとその手を止めた。
「あれ、これは――」
『特殊怪奇捜査班捜査報告書No.1 通称〈通り悪魔〉事件』
都内複数ヶ所で通り魔的犯行が多発。被害者に性別、年齢、出身地等の共通点は一切なく、また犯人は犯行後に自ら命を絶っている。
私、霧雨篠は上層部に掛け合い、特殊怪奇捜査班を発足。それに伴い、民間の専門家に協力を依頼。我々は本件を陰法師〈通り悪魔〉による犯行と仮定、捜査に当たる。
人員不足により、
読むともなしに目を通していた僕の心臓が早鐘を打つ。殉職したというカリヤ。僕が特怪に左遷される前、一緒に飲みに行った際に酔い潰れた神崎先輩が呟いていた名前と一致する。では、カゲリに小馬鹿にされた熱血刑事というのが狩矢氏なのか。次いで記された神崎先輩の名前。先輩も特怪と関わりがあった? だからこそ特怪について詳しかったのだろうか。
報告書の日付は五年前のものであることから、特怪は五年前に出来たばかりの組織になる。ナンバリングからみても恐らく、この通り悪魔事件こそが特怪が携わった最初の事件だ。しかし、通り悪魔とはいったい……?
「やあ、おはよう」
「うわっ!?」
背後から声を掛けられ、僕は飛び上がった。霧雨篠だった。弾みでファイルを手に引っ掛けて、床にぶちまけてしまう。
「わわ、すみません」
「ちょっと片付けしようと考えていてね。邪魔だったろう? ごめんごめん」
しゃがみ込んで紙の束を拾い上げる霧雨篠。彼女は徐に顔を上げ、僕を見上げた。
「中、見た?」
「……いいえ」
言い知れぬ圧を感じ、僕は目を逸らした。霧雨篠の全てを見透かす視線が、再び床へと下がる。
「そう。ならいいんだ」
彼女は気づいている。僕は嘘が吐けないタイプだと知っている。知っていて、あえて訊ねたのか。何のために? あの報告書のファイルだって、わざと見えるように置いておいたのではないか? 霧雨篠は、僕に何を伝えたいのだろう?
僕は霧雨篠を手伝うことも出来ず、その場でただ立ち尽くしていた。
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