真の怪物

 翌朝、僕は霧雨篠から事の顛末を知らされた。加害者である加賀美瑛里は既に陰法師と化していたため、カゲリが始末したという。僕は溜息を落とした。

「なんだかやり切れないですね」

「だが、加賀美瑛里が実の娘はおろか、無関係の少女達を殺害したのは紛れもない事実だ。相応の末路だと思うよ」

 霧雨篠は加賀美瑛里に容赦がなかった。これは、いわゆる同族嫌悪だろうか?

 一抹の後味の悪さを残したまま吸血鬼事件が片付いた数日後、特怪を客人が訪ねてきた。客人の男性を、霧雨篠は恭しく出迎えた。

「お待ちしておりました、小山さん」

「……!」

 僕は息を呑んだ。小山華の父親であり、加賀美瑛里の夫だった人物。それが目の前の彼なのか。娘と元妻を一気に失った彼は、見るからにやつれていた。

「情報提供及び家族写真の提供、ありがとうございました。おかげで事件がスピーディーに解決できました」

「いいえ、いいんです。些細なことでもお役に立てたのなら……」

 二人の会話から、霧雨篠が加賀美に狙いを定めたのは元夫の証言の裏を取ったからなのだろう、と察した。

「瑛里は厳格な両親に厳しく育てられたようです。そのせいか、華が幼い頃から、虐待に似た躾を行なっていました。私は出張がちで家を空けることが多かったので、恥ずかしながら長い間それに気づけずにいました」

 小山さんは、彼が知る加賀美瑛里の話をしてくれた。

「私は瑛里から目を背けてしまった」自嘲を浮かべた小山さんは、絞り出すように言葉を続けた。「彼女の純粋な狂気を畏れ、華を連れて逃げた。しかし、華は最期まで彼女に向き合った。私にはできないことでした……」

「小山さん……」

 僕は言葉に詰まる。情けないことに、後悔に取り憑かれた彼に、何と声を掛けていいものか――逡巡しながら口を開きかけたところで、突然身体が動かなくなった。この感覚は覚えがある。金縛りだ。するとこれは、もしかすると。

「華さんはあなたに感謝を述べていました。華さんが瑛里さんを案じたように、あなたが華さんの身をを案じて守ろうとしたことは彼女に伝わっています。それだけは、忘れないでください」

 意図しない言葉が、口からすらすらと零れ落ちた。カゲリだ。僕は驚いた。どういう風の吹き回しか、珍しく、カゲリが他人を案じているではないか。

「はい……」

 小山さんは項垂れたまま退室した。これから後悔を抱えながら生きなければならない彼に、少しでも救いがあるよう、僕は祈った。

「――ところで、少し気になることがあってね」

 小山さんを見送った霧雨篠は、椅子に腰掛けると長い足を組んだ。

「これを見てほしい。加賀美瑛里の動画のコメント欄なんだが、最近かなり荒れていたみたいでね。しらゆきと加賀美、双方のファンが閲覧数を巡って争っていたようだ。奇しくも、コメント欄が荒れ始めた時期と事件が起こった時期は一致している。娘だけでは飽き足らず、凶行に走ったきっかけは案外この辺りかもしれないな」

 霧雨篠が見せてくれたパソコンの液晶画面には、匿名をいいことにかなりの数の誹謗中傷が書き込まれていた。ここまでくれば人権侵害で訴えてもいいレベルだ。僕は背筋が寒くなった。

 白雪姫に登場する悪の女王に憧れた加賀美瑛里にとって、自らの美しさを讃える魔法の鏡は、ヨーチューンのコメントだった。多くの誹謗中傷に晒され、美しくあることに取り憑かれた彼女も、ある意味では被害者だったのではないか――?

 もちろん、加賀美の行いは到底許されるべきものではないだろう。憔悴した小山さんの顔を思い浮かべて胸が痛む。けれど、ネット上の悪意こそが、動機の底にいる、真の怪物ではないのか。そんな気がしてならなかった。

「それじゃあ、この誹謗中傷が華さんら被害女性を間接的に殺したようなものじゃないですか。どうにかできないんですか」

 霧雨篠は稲穂色の髪を揺らし、残念そうに首を横に振った。

「残念だが、法で裁くのは難しいだろうな。誹謗中傷を送った人物の特定自体はできるだろうが、被疑者死亡で送検された今、加賀美への誹謗中傷が事件の要因になったと証明できないからね」

「そんな……」

 僕は悔しさのあまり歯噛みした。加賀美を追い込み、十数人を間接的に殺害した不特定多数は今もネット上でのさばっている。これでは、被害女性達も、加賀美瑛里自身も浮かばれないではないか。

 やり切れない心の澱を残したまま、捜査本部は解体された。

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