退治の時
× × ×
華ちゃんの姿は、夜の空気に溶けて消えた。未練は晴れて、無事に成仏できたらしい。彼女の魂が安らかに眠れるよう、わたしは祈った。
「あの、ところで御門くん。さっきの写真は……?」
「女狐が送って寄越した。どーせこうなることを予見してたんだろうよ。つくづく嫌らしい女」
わたしの疑問に、御門くんは苦々しく吐き捨てた。女狐、とは霧雨篠のことか。以前の口振りでは、彼女のことは信頼しているのだと捉えていたけれど、違うのだろうか? やっぱり、御門くんと霧雨篠の関係は謎だらけだ。
「さて、と」御門くんはようやく厄介払いができたと言わんばかりに大きく息を吐いてから、加賀美瑛里に向き直った。
「次はアンタの番だ。遺言は考えた? 気が向いたら聞いてやってもいいぜ」
わたしはえっ、と声をあげてしまった。
「待って。だって、彼女は――」
「コイツは既に人間じゃあない。陰法師に身を堕としたが最後、もう元には戻れないんだよ」
冷たく言い放った御門くんはどこか寂しそうで、諦念が滲んで見えた。彼女に同情している訳ではない。彼女に誰かを重ね合わせて、もうどうしようもないことだと諦めている――そんな印象を受けた。
「でも……まだ間に合うかもしれない」
その旨を御門くんに伝えてみたが、彼が意見を曲げることはなかった。
「木下さんは甘いな。既に吸血衝動でも人を殺してるんだ、近くエリザベートのように
反論できず、わたしは俯いて唇を噛んだ。たとえ既に人間じゃなくなったとしても。生きて、罪を償うべきだ。華ちゃんの分まで。だから、ここでわたし達が幕を下ろすのは違う……と思う。
「いいの」
意外なことに、加賀美瑛里はすんなりと運命を受け入れた。わたし達の会話から、状況を理解しているかどうかはわからない。けれど、彼女はどこか満足げな笑みを浮かべていた。
「このまま老い衰えていくのは嫌よ。私は我儘な女だから、あの子が認めてくれた、一番綺麗な姿のままでいたいの」
「ふぅん……潔いのは嫌いじゃないぜ」
美に拘り続け、道を外した女は、ブラックホールに似た黒い影に頭から呑み込まれて消滅した。後には、燃えるような赤いハイヒールだけがポツリと残された。それは、白雪姫の継母が死ぬまで履かされた、真っ赤に焼けた鉄の靴に似ていた。
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