3
× × ×
「お母さん、私だよ、華だよ! 思い出してよ!」
「やめて!」母は悲鳴に似た叫び声をあげ、子供のように耳を塞いだ。「私は純潔なの、子供なんていない!」
「いるよ、あなたの目の前に! こっちを見て、私とちゃんと話して、お願い!」
「いや、いやぁ!」
母は幼子に返ったようにいやいやを繰り返す。どうにか聞かせないと……! 何か、一目で納得できるものはないか。視線を彷徨わせた時、
「小山華!」
誰かが私の名前を呼んだ。御門くんだ。やっと名前を覚えてくれたようだ。同時に投げて寄越したのは、スマートフォン。液晶画面には、私と父と、それから母――加賀美瑛里が映っていた。まだ離れ離れになる前、三人で撮った家族写真だ。
どうして御門くんがこの写真を持っているのか、疑問は浮かんだけれどこの際関係ない。眼前に突きつけた。
「これを見て、あなただよ。一緒にいるのはあなたの別れた旦那さんと、離れ離れになったあなたの娘。よく見て、今あなたの目の前にいるのは、あなたの娘なの。辛いだろうけど、いつまでも夢に逃げちゃダメ。ちゃんと現実を見て!」
「あ、ああ……あぁあああああああ…………!!」
液晶画面を目の当たりにした母は、大きく目を見開き、叫んだ。耳を劈く断末魔が響き渡る。それから、力なく項垂れた。
美しく手入れされた髪の毛は、幽鬼の如くボサボサになっていた。その隙間から覗く瞳が、ゆっくりと瞬いた。その眼差しに、先の狂気の色は見られない。
「――華?」
母は口の中で小さく、確認するように呟いた。
「そうだよ、華だよ。お母さん、ごめん、ごめんね」
「華、華。ああ、私の可愛い華ちゃん。どうして泣いているの?」
母は優しい手つきで私の目尻を拭った。そうか、私は泣いているのか。
「だって、お母さんに酷いこと言っちゃったから。ずっと謝りたかったの」
伝えたかった言葉を、音に乗せて届ける。
「ごめんね。お母さんは、この世で一番綺麗な人だよ」
「ほんとう? 私、きれいなの? 誰よりも」
「うん」
「そっか……よかった」
私達は顔を見合わせ、微笑んだ。これで、思い残すことはない。ああ、でも。最後に一つだけ。
「御門くん、憂ちゃん、ありがとう。それから――お父さんにも伝えてほしい。私を守ってくれてありがとう。最期まで親不孝な娘でごめんなさい、って」
憂ちゃんが頷いたのを確認すると、私の意識は夜の空気に溶けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます