× × ×


 私は旧姓・加賀美瑛里の娘として生を受けた。

 父は出張がちで家にいる機会が少なく、必然私と母は二人で過ごすことが多かった。母は自分にも他人にも厳格かつ潔癖な人で、躾も厳しかった。それでも私は母を嫌いではなかったし、物心ついた頃から友達のお母さんよりも飛び抜けて綺麗な母が自慢だった。

 母がおかしくなり始めたのは、私が思春期になった頃。母と一緒に歩くと姉妹に間違えられるのが恥ずかしくて、ついこんなことを言ってしまった。


「お母さん、いい歳して若作りするのやめなよ。みっともない」


 母はヒステリックに怒り狂い、私を平手打ちした。私は泣きながら謝ったが、許しを得られることはなかった。

 その日から母は何かに取り憑かれたように、毎日私をぶった。このままエスカレートしていけば殺される――そんな危機感が脳裏を過った頃、ちょうど父が長期出張から帰ってきた。私と母の様子から全てを察した父は、母に離婚届を突きつけ、私の親権を勝ち取った。父は私を連れ、逃げるように母の元から去った。

 それから数年経って、私は街で母と偶然再会した。思わず話しかけたが、母は自身が結婚していたことも、歳頃の娘がいる記憶も全て封じてしまっていた。他人扱いされるのはショックだった。酷いことを言ってしまった、と遅まきながら後悔した。

 だから私は母が自然に思い出せるまで、他人のままでいよう、と決めた。お互い傷つかなくて済むだろう、と。父に悟られぬよう、つかず離れずの距離感を保ちつつ交流を続けた。

 しかし私がいなくなったために、母の残虐行為は他者に及んでいた。私への暴行から若い女の子の血が美容に効くと信じ込んでいた母は、私と同年代の子を襲う悍ましい凶行に及んでいたのだ。母が出演したテレビの観覧の帰り、母が女の子を襲う瞬間を目撃してしまった。

 私のせいだ。私が、余計なことを言わなければ。止めなきゃ。警察には言えない。だって、母がこうなったのは私の責任だから。

 折しも、連絡先を交換していた母からお茶でもどうかと誘われた。チャンスだと思った。私は二つ返事で了承し、説得を試みた。しかし家にお邪魔すると、待っていたのは憂ちゃんを襲った時と同じ、怪物じみた母。抵抗らしい抵抗もできず、私は母の毒牙にかかった。

 ……血が失われていく。意識が遠のいていく。言えなかった。やめて、もごめん、も言えなかった。後悔。未練。命が失われ、身体が冷えていく中、それらは失われず、私の魂を熱く突き動かす。伝えるまで、私は死ねない――!

 しかし、母を止められず、挙句殺されたショックから、気づけば私も記憶を失ってしまっていた。全て思い出した今こそ、伝えなければ!

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