余談.噂
僕に特殊怪奇捜査班に左遷――もとい転属の辞令が出て数日後のこと。僕は神崎先輩から飲みの誘いを受けた。送別会という名目だが、あの人は僕をダシに酒を飲みたいだけだろう。ちゃっかりしている先輩だ。
しかし移動してしまえば、神崎先輩と飲みに行く機会も減るだろう。少しだけでも世話になった分、しっかりと感謝を伝えねば。僕は先輩の厚意に甘えることにした。
「や〜、にしてもまさか御子柴ちゃんが本庁に引き抜かれるとはなぁ。ボクもビックリや」
乾杯のビールを飲み干し、神崎先輩は心底愉快そうに言った。僕は既に胃がずっしりと重いというのに気楽なものだ。
「霧雨篠はともかく、カゲリの相手は大変やろ? 気張りや〜」
「あの」僕は意を決して訊ねてみた。「前に先輩から『カゲリに気をつけろ』と忠告をもらったの覚えてますか? あれ、どういう意味ですか」
祟り事件の最中、神崎先輩から特怪に対する忠告を受けた。カゲリを『おぞましいバケモノ』と称した先輩は、隠し切れない彼への憎悪を滲ませていた。飄々としたいつもの態度とは異なっていたため、どうしても喉に刺さった小骨のように引っ掛かっていた。
「んー、ボクそんなこと言うたっけ?」
先輩はへらりと笑って追及を躱す。その態度に、何かあるな、と直感した。
「言いましたよ! あれからずっと気になってるんです。後輩がヤバい奴かもしれないのと同じ部署に移動になるんですよ!? 思わせぶりなことだけ言って見捨てるつもりですか? そんな薄情な人だと思いませんでしたよ」
躍起になって食い下がると、神崎先輩は渋々といった様子で口を割った。
「しゃーない、カワイイ後輩のために教えとくわ。ちなみにこれ、オフレコな」
声を潜め、神崎先輩は語り始めた。
「御子柴ちゃんが刑事になる何年か前にな、同じように特怪に派遣された新人がおったんよ。ソイツは御子柴ちゃんみたいに正義感の強い熱血クンやってん」
自分から促しておいてすぐに話を遮るのは申し訳ないが、僕は慌てて待ったをかけた。
「待ってください、僕ってそんな熱血キャラに見えるんですか……?」
「ウソぉ、自分、自覚なかったん? 御子柴ちゃん、めっちゃギラギラしとるで。こないだも言うとったやん、市民の皆さんが安心して暮らせる世の中を作りたいですー、ってな」
ケラケラ笑う神崎先輩とは対照的に、僕は複雑な気持ちになる。警察官が抱くモットーとして当たり前ではないのか……? それはともかく、だ。
特怪が関わる事件といえば陰法師絡みの怪奇事件だ。その時も特怪案件の不可解な事件が起きたようなのだが、
「一端の正義感を口にしてた割にはこのザマかよ、情けねェ。力を持たない奴がしゃしゃり出ていいモンじゃねえんだよ」
「それは……酷いですね」
どういうシチュエーションで吐き捨てられたかまでは定かじゃないが、いかにもカゲリが言いそうなことだ。仮に僕が死んだとしても、カゲリはきっと同じことを言うだろう。
しかし、カゲリは何故そこまで人間を嫌悪するのだろう? 彼だって一風どころか二、三風変わっているけれど、人間のはずだ。僕が知らないだけで人間不信になるような酷い目に遭ったのだろうか……?
「せやろ? やからなぁ、アイツはバケモンやねん。人の心がないんよ。誰が死んだってお構いなしや。いや、アイツは自分が人を殺したって良心は痛まない奴なんだ、知ってるよ。あの時だって、バカな奴だって嗤ってたじゃないか……」
だいぶ酔いが回ってきた先輩は次第に饒舌になり、胡散臭い関西弁が抜ける。これまでも何回か飲みに誘ってもらったが、先輩は下戸だ。そして僕はというと、周囲からは意外だと驚かれるが
しばらく呂律の回らない怨みつらみをつらつら吐き出すと、先輩は眠気に負けたのかむにゃむにゃとテーブルに突っ伏した。後悔を一言だけ吐き出して。
「何で死んでんだよ、
カリヤ、というのが例の殉職した新人刑事の名前だろうか。聞いてはいけないことを聞いてしまった。
それきり先輩が眠りこけてしまったため、移動前最後の飲み会はお開きとなった。少しの蟠りを残して。
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