余談.憂
自分は呪われていると大真面目に告げられたとして、誰がその言葉を信じるだろうか?
――否、誰も信じないだろう。なんの冗談? なんて笑われてしまうかもしれない。
だからわたしは普通を選ぶ。周囲に波風を立てないよう、粛々と日々を過ごす。それが最善だと信じて。
× × ×
先生達に頼まれた委員会の雑用を全てこなした頃には、すっかり遅くなってしまった。
昇降口に向かう道すがら、斜陽の差し込む教室を覗き込むと、やはりというか、机に突っ伏す影が見えた。もしかして、帰りのホームルームが終わってからずっと寝ていたのだろうか? 部活もせずにこんな時間まで寝ている人物といえば、心当たりがあるのは一人だけ。
御門霞。クラスメイトであり、朝のホームルームから授業中、果ては帰りのホームルームまで常に寝こけている問題児。白を通り越して病的なほど青白い肌を見るに、身体が弱いのかもしれない。制服の下に着込んだ黒のパーカーのフードを被り、机に突っ伏す姿は、他者の干渉を拒んでいるように見える。
それでも、わたしは彼がどうしても気に掛かって仕方なかった。
「御門くん?」
声を掛けても微動だにしない。それほど深い眠りに就いているのであれば起こすのは忍びないけれど、仕方ない。そのまま見ないフリをして帰ってしまうのは、御門くんにも見回りの先生にも悪いだろう。そう考えたわたしは、カバンを肩に掛け直し、突っ伏す影に近づいた。
「おーい、御門くん。起きてる? もう教室閉まっちゃうよ」
などと言いながら肩を揺すったその時。ガッチリと強い力で、腕を掴まれた。
「――え?」
「オマエ……良い身体してんなァ」
ゲッゲッゲ、と喉の奥から響く笑声。悪寒が背筋をゾッと駆け上る。直感が告げる。目の前の彼は、御門くんじゃない――!
「は、離して!」
慌てて振り払おうとするも、振りほどけない。わたしは愕然とした。彼の細い腕のどこにそんな力があるのか。男女の彼我の差はこれ程までに歴然なのか。
彼はぐっ、と顔を近づけてくる。わたしは反射的に一歩退いた。こんなに近い距離なのに、フードとボサボサの前髪に隠れた目は見えない。それだけで、得体の知れない薄気味悪さを感じてしまう。
「良いニオイだなぁ? いったいどれだけの奴らをソレで誑かしてきたんだ? 味わったら極上だろうなぁ、堪んねぇなあオイ!」
セクハラ発言は止まらない。いったい彼は何のことを言っているのか――わたしには見当がついていた。この
結論が出たのなら、行動は決まっている。
「オレも我慢できねーなぁ、食べちゃっていっかな? いーよな?」
「やめて……って言ってんでしょおーがッ!!」
ぐいぐい近づく顔面に、思い切りお守りを投げつけた。虚を突かれた御門くんらしき影は、咄嗟に飛び退く。
腕を掴んでいた手が離れたその隙をついて、わたしは一目散に駆け出した。後ろは振り返らない。脇目も振らず、ただひたすらに走ってその場から逃げた。
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