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「思うに、加賀美は和製エリザベートだな」
長い講釈を締め括った霧雨篠は、そう結論づけた。それがどうかしたのか、と訊ねようとした僕を遮り、
「キミの疑問の答えだが、可能性は一つ」霧雨篠は人差し指をぴんと立てて言った。「彼女は既に人ではない」
「え――」僕は絶句した。人ではないのなら、彼女はいったい……?
「加賀美はエリザベートのように美に拘りすぎるあまり、人としての矜持を捨ててしまったとしたら? 例えば何らかの要因から、美を保つには若い血が効くと思い込んでしまったと仮定しよう。思い込みがエスカレートしていき、人であることを辞めたとしても、何ら不思議はない」
彼女はテレビのインタビューで、白雪姫の女王が憧れだと語っていた。そして、白雪姫の女王は一番の美を保つために白雪姫を亡き者にしようと画策した悪女だ。目的が狂っている分、手段も選ばない……。
「で、でも。そんなこと、あり得るんですか?」
「充分あり得るとも。御子柴クン、キミは祟り事件を覚えているかい?」
僕は頷いた。忘れるはずもない、僕が特怪で体験した初めての事件なのだから。
「あの時は祟りを信じる人々の思いから祟り神もどきの陰法師が生まれた。その感情が個人から発生し、個人に集約したと思えばいい。つまり、吸血鬼の陰法師だ」
なるほど、そう言われれば納得できなくもない……のか?
「でも、やっぱり信じられません。人間が強い情念から陰法師に変貌してしまうだなんて……」
「そうかな? むしろよくあることだと思うよ。ねぇ、カゲリ」
「余計なこと言うなよ女狐、殺すぞ」
「うわっ!?」
自分の影からカゲリがぬぅと現れ、驚いた僕は腰を抜かした。しかしいつもの道化の顔は潜め、冷ややかな殺意が全身から迸っている。いつも飄々としているカゲリが珍しく怒っている……?
「ははは、冗談だよ」
霧雨篠はからりと笑い飛ばした。笑いごとではないと思うのだが、やはり彼女の機微は凡人の僕には到底理解できない。一触即発の張り詰めた空気を壊したのは、この空気を作り出した張本人――つまり、霧雨篠。
「さて、我々はこれから吸血鬼退治と洒落込むとしよう」
空気を読まない彼女はこともなげに言うものだから、僕は慌てて口を挟む。
「待ってください。加賀美も貴女は吸血鬼ですか? はいそうです、って簡単に認めますかね?」
「バッカだな〜、ジミコシバクンは。こういうのは囮を使って誘き出すんだよ。そんで囮を襲ったところを現行犯逮捕、ハイ解決! って寸法さ」
「囮捜査ですか……」
たとえ凶悪犯相手であろうと、騙すのはあまり気乗りしない。何より、犯人が既に人でないのなら、囮役が危険に晒される。それだけはどうしても見過ごせなかった。
「ただの囮じゃあない。お誂え向きに、対陰法師に特化した囮を用意してある。ジミコシバクンよりよっぽど役に立つぜ?」
「ああ、そちらは任せたよ。カゲリ」
先の険悪さはどこへやら、カゲリと霧雨篠は示し合わせたように悪童の笑みを浮かべた。
……この二人の関係が、僕にはよく解らなかった。それからカゲリの最後の一言は余計だけれど、情けないことに僕が特怪で役に立った試しがないため、言い返せずに黙り込むしかなかった。
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