吸血鬼の正体

 霧雨篠のスマートフォンが軽やかなメロディを奏でた。発信者はカゲリ。このところ単独行動を続けているらしいが、相変わらず僕は彼が何をしているのか知らされていないままだ。

「もしもし、カゲリ? どうだった?」

『言われた通り接触してきたぜ。加賀美瑛里が吸血鬼で間違いないな』

「え――」電話の向こうから聞こえた声に、僕は驚いてしまった。「加賀美瑛里って、あの美魔女インフルエンサーの?」

「ああ、そうだよ。カゲリに頼んで張ってもらった」

 霧雨篠はけろりとした顔で頷く。その様子から鑑みるに、予め加賀美瑛里に狙いを定めていたようだ。

「どうして彼女が怪しいと?」

「最初の被害者はテレビ番組の観覧の帰り、人気のない路地で倒れているところを発見された。被害者が観覧した番組には、加賀美瑛里がゲストで出演していた」

「でも、それだけじゃあ……」

「そうだね、根拠としては弱い。では、これはどうかな? 最新の被害者、小山華は加賀美瑛里と浅からぬ関係があったようだ」

 霧雨篠が語った二人の浅からぬ関係は、驚愕のものだった。

「でも、加賀美瑛里は陰法師じゃない。普通の人間ですよね? そんな――それこそ吸血鬼みたいに――血を全部抜き取るなんて芸当が可能なんですか?」

 僕の疑問を受け流し、霧雨篠は問うてきた。

「御子柴クン。以前話したエリザベート=バートリの話を覚えているかな?」

「ええと……」必死に記憶を手繰り寄せる。「吸血鬼のモデルになった、血の伯爵夫人……?」

「ブラボー」霧雨篠は手を叩いた。「おさらいといこうか」

 エリザベートはハンガリーの名門貴族、バートリ家に生を受けた。このバートリ家は近親婚を繰り返し、異常者が多い一族だった。例に漏れず、エリザベートも幼い頃から酷い癇癪持ちだったという。

 ある日、髪を梳く侍女の手つきの悪さに腹を立てたエリザベートは侍女の頬を殴りつけた。その際侍女は鼻血を出し、エリザベートの手には血がついてしまう。その際血を拭き取った肌だけ白く透き通って見えたことから、彼女は血に取り憑かれた。若い処女むすめをあらゆる拷問にかけ生き血を搾り取り、自らは生き血で満たされた浴槽に浸かるなど暴虐の限りを尽くした。

 しかし、エリザベートの魔の手が貴族の娘にまで伸びたことから異変は発覚。更に監禁されていた娘が脱走、城の実情を告発したため、王国は重い腰をようやく上げた。トゥルゾ伯爵の指揮する調査団がエリザベートの居城であるチェイテ城を訪れたところ、城内の至るところに惨い死体が捨てられていたという。

 裁判にかけられたエリザベートは貴族特権で実刑こそ免れたが、チェイテ城の地下に幽閉される。窓も全て漆喰で塗り固めた部屋に一人閉じ込められたエリザベートは、亡くなるまで誰とも顔を合わせることはなかった。ある日、見張り番が差し入れた食料に手をつけられていないこと、悪臭が漂うことに気づき小窓から中を覗き、亡くなっていることが確認された。享年54歳であった――

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