或る女・2

 女は、美しいものが大好きだった。

 年端もいかぬ頃に映画で観た、白雪姫の女王の生き様に感銘を受けた。己の美を保つためなら、他人の犠牲を厭わない残酷な性格に強く惹かれた。なんて凄いひとなんだろう――私も、彼女のようになりたい。

 それから、ストイックに美を追求した。女の母はとても厳格な人で、中途半端を許さなかった。何でも一番を目指しなさいと強く教えられてきたからこそ、今の自分がある。

 女が美を保つための一番の特効薬は、若い娘の生き血だった。きっかけは、そう、なんだったか――酷くカッとなって、若い娘を平手打ちした。ぶたれた娘は唇が切れて、女の手に血が付着した。彼女はしきりに「ごめんなさい」と泣いて謝ってきたけれど、女の耳に届くことはなかった。娘の血が付着した皮膚だけ、白く光り輝いて見えたから。

 それからは、毎日若い娘の血を求めた。気づけば周りに誰もいなくなったけれど構わなかった。魔法の鏡のように、画面の向こうの見ず知らずの人間が自分を美しいと持て囃す。それだけで女の承認欲求は満ち足りた。

 けれど、まだ足りない。まだ、一番ではない。まだ、まだ……

「チャンネル登録よろしくお願いします」

 動画の生配信が終わり、マイクを切る。コメント欄にはリアルタイムの感想が続々と寄せられていた。

『瑛里さん、今日も美人だった〜』

『素敵です!』

『瑛里さんの美容の秘訣、さっそく試してみます』

「ふふふ……」

 続々と送られる賛美に悦に浸っていた時だ。たまさか目についたコメントに、女の頭は瞬時に沸騰した。


『お前らこのオバさんのどこがいいの? ブスじゃんw てか、シワ多くね?』


「――ッ!」

 咄嗟にスマートフォンを床に叩きつけた。愛用の手鏡を手に取る。目尻に微かに皺があるように見えた。錯覚などではない、確かにそこには皺がある!

「いや、いや、いやぁあああぁああああぁああ!!」

 喉から迸る絶叫。私は一番美しくなければならない。そのためなら、犠牲も必要だ。否、犠牲などではない。世界一の美の礎となるのだから、むしろ誇りに思うべきなのだ。そう、だから私は悪くない。

「血……」女は青白い幽鬼の如き表情で呻いた。「こんなんじゃダメよ瑛里……血が欲しい……血を摂らないと……ダメなの……私、私は……」

 美しさが衰えてしまう。そんなのは耐えられない。世界の誰よりも美しくある。そのために、私は何もかも捨てたのだから。

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