美女に先導され、通されたのはどう見ても倉庫だった。しかし、ドアに『特殊怪奇捜査班』とプレートがあったため、信じられないけれどここがオフィスなんだろう。間違っても、ここで働きたくはない。

「さて、と」扉を閉めるなり、霧雨篠は憂ちゃんの中の私を真っ直ぐ見据えて言った。「は小山華さんで間違いないかな?」

「……はい」

 私は驚いた。警察に着いてからは、表層意識を譲ってもらっていたのだ。元は御門くん発案とはいえ、これは私自身の問題であり、憂ちゃんをこれ以上煩わせる訳にはいかないと考えたからだ。しかし、こうもあっさり見抜かれるとは、この人は何者なんだろう?

「でも私、本当に何も覚えてないんですよ。お役に立てることなんて何も……」

「無理に思い出せとは言わないさ。キミと同じように殺された被害者の話だけでも聞いていくといい。何か思い出すきっかけになるかもしれないからね」

 そう前置きして、霧雨篠は『女子高生連続失血死事件』の詳細を語り始めた。

 女子高生連続失血死事件――その名の通り、女子高生だけが狙われる事件で、今現在の被害件数は、既に片手で数えるには足りないほど膨れ上がっていた。

 一般的に人体の30%の血液が失われると命が危ないと言われているが、私を含めた被害者は共通して体内の血液がほぼ空になっていたという。何故、女子高生だけが狙われるのか? 血を全て抜き取った方法とは――? 猟奇的かつ不可解な犯行に、捜査一課は手を焼いているようだ。

 そんな中霧雨篠率いる〈特殊怪奇捜査班〉は被害者の首筋に奇妙な穴が二つ空いていたことに注目し、この事件を吸血鬼に類する陰法師の仕業と仮定、捜査に乗り出した。

「自分のことながらゾッとしないですね……」

 私は身震いして憂ちゃんの肩を抱いた。血という血を抜き取られてカラカラな状態で殺されたなんて、歳頃の女の子としてショックが大きすぎる。自分の死体はなるべく見たくないなぁ、なんて他人事みたく考えてしまった。

「かなりショッキングな殺され方だからね、記憶を失うのも無理はないさ。ただ、気になることが一つある」

 霧雨篠の怜悧な瞳がキラリと光った。

「犯人はこれほど大量の血を抜き取って、どうするつもりなんだろうね?」

 どうするつもり――? そこまでは考えていなかった。少し頭を悩ませた私はトンチキな返答をしてしまう。

「ゆ、輸血とか……?」

「被害者の血液型はバラバラかつ、Rh-などの特殊な血液型でもなかった。それに、人体を巡る血液を全て保存しておく技術も設備も限られてくる。すぐに足がつくからね。となれば、その場で消費したと考えるのが一番筋が通るな」

 消費――つまり、本物の吸血鬼さながら、血をゴクゴク飲み干した……? でも、何故? 狙われるのが女子高生のみであることから、犯人はのだろうか……?

 しかし、幾ら考えても何もわからず、思い出せない。何かが引っ掛かっているような気もするけれど、それすら思い出せない。もどかしさに暴れ出したい気分になる。

「焦る必要はないさ。忘却は自己防衛の一種だからね。キミにとって、今は思い出さない方が賢明なんだろう」

 霧雨篠は私を宥めるように言うと、話題を切り変えた。

「さて、肉体の主の木下憂ちゃん。キミのことも勿論知っているよ。特異体質のこともね」

「ど、どうも……」

 恐縮する憂ちゃんに意識を譲り渡した。憂ちゃんの意識が表に出たタイミングを見計らって、霧雨篠は彼女を真っ直ぐ見据えて言う。

「キミを見込んで、頼みたいことがある」

「頼みたいこと……? わたしにできることであれば、何でもやらせていただきます」

 意気込む憂ちゃんに、霧雨篠はニコリと微笑んだ。

「キミの同級生に、御門カスミって男の子がいるだろう? その子と、デートをしてきて欲しいんだ」

「――え」

 思いもよらぬ提案に、私達二人は一瞬だけ絶句した後、揃って叫んだ。

 えええええええええ!?

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