Caes.2 吸血鬼

或る女

 鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番美しいのは誰ぁれ?

 それは――

「貴女こそ、世界で一番美しい」

 鏡はそう答えた。女は美しく微笑みながら、安堵の息を吐き出す。

 常に一番を目指しなさいとは、厳しかった母の教えである。そのため、いつしか一番以外は価値がない、と思うようになっていた。その考えは今なお、女の心に強迫観念として強く刻まれている。だって、一番じゃないと母親に怒られるから。

 世間ではオンリーワンでいい、みんな違ってみんないい、なんて甘えた主張がまかり通っている。では、何のために競争がある? 数字が、順位がつけられる? 決まっている。私が一番になるためだ。

 私は今日も世界で一番美しい。けれど、ああ、ダメなの。どうしたって若さには勝てない、敵わない!

 いつだって女を称賛していた鏡も、近頃は女の意に反する回答をするようになっていた。

「世界で一番美しいのは貴女ではない、白雪姫です」

 ふざけるな、と女は激昂した。あんな小娘、若さだけが取り柄のくせに!

 でも、そう……若さ。私が失って久しいものだ。

 ――欲しい。若く、瑞々しく赤い果汁が欲しい。それさえ飲めば、私は永遠に若くいられる。女はそう信じていた。そのためならば、人の道を外れることも厭わない。だって、私が一番になるために必要なことだもの。

 おあつらえ向きに、眼前には張りのある艶やかな禁断の果実がある。女は欲望のまま手を伸ばし、果実を摘み取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る