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◇
カゲリが迷惑を掛けたため家まで送ると言うと、憂は全力で遠慮したが最後には折れて「……じゃあ、お願いします」と頭を下げた。
先程彼女を襲った靄は、祟り神の残滓だろう。祠を含め祓い回ったはずだが、憂の体質が引き寄せたのか。
「木下さん、さっきの話だけどさ。くれぐれも、他の奴らには言うなよ」
別れ際、釘を刺すと憂は「大丈夫だよ」と笑った。
「わたしも今まで周りに言えなかったから。本当はね、御門くんが普通じゃないことも勘づいてたの。だから……仲間だね、わたし達」
答えず、霞は彼女が住むマンションを後にした。
先程の木下憂の身の上話だが、霞には引っ掛かっていることがあった。
鵺退治で知られる源頼政の子孫に、木下姓がいた話は耳にしたことがない。では、何故木下の人々は頼政の子孫を名乗るのか? それには、木下と呼ばれる馬が関係するのではないか――?
平家物語によると、頼政の挙兵の理由として平清盛の息子、
挙兵のきっかけとなった木下という馬だが、頼政に退治された鵺が生まれ変わった姿だという説もある。つまり、鵺は頼政に復讐を果たしたことになる。
そして憂の体質から鑑みるに、木下の一族とは、怨霊となった鵺を祀り鎮めるための生贄の一族なのではないか――?
勿論、これはただの仮説であり、確証はない。霧雨篠に訊ねてもよいが、下手に勘繰られるのは面倒だ。だから、霞もこれ以上の詮索を控えることにした。ただ一つ、彼女について判ったことがある。
木下憂を例えるならば、あらゆるものを受け止める水だ。故に、陰法師といった陰日向のモノすら受容する。器によって変幻自在にカタチを変える水は、相手によって如何様にも姿を変える。それこそが木下憂の本質。だからこそ自身に頓着がなく、迫る死すらも瞬時に受け容れる。一見人当りの良い彼女の中身は
対する霞はブラックホール。あらゆるものを呑み込み、跡には何も残らない、深い深い底なしの闇。一辺の光さえ届かない、見えない奈落の底。霞は自ら奈落に落ちた。その結果が――
「仲間だね、わたし達」
憂の言葉が脳裏を過る。違う、そんなんじゃない。俺は、アンタみたいに清廉潔白じゃあない。オレは――
「勘違いするなよ、霞。あの娘の思うような奴じゃねェだろう? オレは」
呟いて、黒のフードを目深に被り直す。チェシャ猫の笑みだけを残し、影はそのまま夜闇に溶けた。
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