3
「諦めが早いのはいいけどさ、全部投げ出すのはまだだろ」
頭上で誰かが囁いた。聞き覚えのある声に、えっ、と目を開いた刹那。
「始末したつもりだったけど、しぶとく生き残っていやがったか。人の口に戸は建てらんないな。まあいいや、何回でも消せばいい」
巨大な靄が、あっという間に黒い波に呑み込まれて消えた。その様は動くブラックホール。後には、塵一つすら残らない。立ち込めていた嫌な気配もすっかり消えていた。変わりに新たに現れた人影は、見覚えのあるクラスメイト。
「御門……くん?」
振り向いた彼のフードの影から覗く双眸を見て、ドキリとした。暗澹とした闇が夜の海の如く広がっていたからだ。底が見えない暗がりに吸い込まれそうになり、わたしは慌てて視線を逸らした。先の件もあって、妙に気まずい。
その気まずい空気を打ち壊したのは、御門くんの方からだった。
「これ、返すわ」
そう言って投げて寄越したのは、彼に投げつけたお守り――十握剣だった。柄しかないそれを慌ててキャッチする。わざわざ返しに来てくれたのか。それにしても、靄を呑み込んだ黒い影はいったい何……?
「あ、ありがとう」
「あー、それとその、さっきはゴメン」御門くんはガシガシと頭を掻き毟り、更に髪の毛をボサボサにした。「何て説明すりゃいいんだろうな、コレ。さっきのは俺であって俺じゃないっつーか……あークソ、うまく言えねぇ」
言い淀む彼の姿は、先の件で萎縮しているわたしに気を遣ってくれてるようだった。警戒心が解け、わたしは頬を弛めた。
「大丈夫だよ。わたしも普通じゃないから」
わたしは自分のこと――陰法師を引きつける体質と、十握剣について簡潔に伝えた。御門くんは特に驚いた様子も見せず「そっか」とだけ呟いてから
「木下さん、陰陽師って知ってる?」
と訊ねてきた。頷くわたしに、御門くんは言葉を選びながら続ける。
「一応、末裔……みたいなモン。で、さっきのが俺の
つまり、わたしにセクハラ発言をしたのは御門くん本人ではなく、その式鬼のカゲリだった、という訳か。どうりで人間ではないと感じたはずだ。
辟易した表情を見せる御門くんの足元で、影は口元を三日月型に歪め、嗤う素振りを見せた。わたしは思わず微笑む。
「仲良いんだね」
「冗談ならキツいからやめてくれ」
御門くんは顔を顰めた。本気で嫌がっているようなので、慌てて「ごめん」と謝った。
式鬼ということは、主人と使い魔――所謂主従関係なのだろうけれど、二人の関係はわたしには少し異なって見えた。まるで一心同体の運命共同体であるような――なんて言うとまた御門くんが嫌な顔をするだろうから、この感想は心の中にだけ留めておいた。
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