祟りの真実

「お待ちしておりました」

 僕らが再び大和建設を訪ねると、亡き社長秘書である木嶋が出迎えた。今回も霧雨篠のおかげでスムーズに応接室に通された。しかし社長が不在の今、代表を務める岡副氏は不在のようだった。

「岡副はただ今別件が立て込んでおりまして、五分ほどで参ります。それまでこちらでしばしお待ちください」

「ああ、ちょっと待ってください」そのまま退室しようとする木嶋を、カゲリが呼び止めた。「岡副氏が来るまで、少し話をしませんか」

「……何でしょう? お話しできることは、全て話したはずですが」

 呼び止められた木嶋の声には警戒の色が滲んでいる。無理もない、室内に入っても頑なにフードを脱がない失礼、かつあからさまに怪しい男に話しかけられたら、誰だって訝しむだろう。相棒となった僕ですら、カゲリを一ミリも信用できないのだから。

 カゲリは不気味なほど明るい調子で続ける。

「なァに、ちょっとした世間話ですよ」

「はぁ……」

 木嶋は戸惑いつつも、カゲリの話を聞く姿勢を見せた。すかさず、カゲリが切り込む。

「木嶋さんは、菅原道真公をご存知で?」

「天満宮に祀られてる学問の神様、ですよね」

「流石、博識ですね」カゲリは心のこもっていない拍手と賛辞を送る。「この道真公ですが、実は悲運の人物であったことはご存知でしたか?」

「いえ――」

「では、簡潔にお話ししましょうか」

 道真が怨霊として語り継がれるようになった経緯を、カゲリは語って聞かせた。平安時代、分不相応な役職を得たと周囲にやっかまれ、冤罪を着せられ太宰府に流された彼は失意の内に亡くなった。死後、御所の清涼殿に雷が落ち、結果的に道真を流刑に追いやった悉くが亡くなった。人々はこの落雷は道真の祟りだと噂した――。

「そうして道真公は雷を操る天神として祀り上げられた。雷とは神鳴り、すなわち神の怒りだ。公に朝廷を批判できない人々にとっては都合の良い存在だった。清涼殿に雷が落ちたのは道真の死後何年も経っていたにも関わらず、ね」

 カゲリは胡散臭い笑みを浮かべたまま、大仰に両手を広げてみせた。

「そこで僕は考えたのです。今回の事件、大和社長への祟りも清涼殿と同じ原理ではないか、とね」

 木嶋の顔色が変わった。いや、カゲリが菅原道真の話をしていた時から彼女は必死に何かを堪えるように縮こまっていたのだが、今の台詞をきっかけに反応が顕著になった、と言うべきか。

 その隙を逃さず、カゲリは畳み掛ける。

「実のところ、落雷により室内で命を落とす可能性は全くないとは言い切れないんです。例えば、落雷時に電気の通っている電化製品に触ってしまう……とかね。仮に大和社長の死を不慮の事故としましょう。しかし、誰かがその事故を後から『祟りのせいだ』と言ったなら?」

 原因が何であろうと関係ない。大和社長は祟りで死んだ、と人々の間に共通認識が生じる。そうして寄り集まった悪意は偽の祟り神のカタチを創り出した――。

「なぁ、木嶋さんよ」カゲリは青褪めた木嶋の顔を覗き込んで、ゾッとするほど低い声で囁いた。「アンタ、ひょっとして大和社長が亡くなった場面に居合わせたんじゃないか?」

「え!?」

 驚きの声を上げたのは僕だけだった。木嶋は青い顔のまま、ずっと俯いて何かを堪えている。あと少しでも突いたら、決壊してしまいそうな危うさがあった。しかし、その程度で容赦するようなカゲリではない。

「事件当夜、残業していた人間が何名かいたそうだが、タイムカードにはアンタが帰宅した記録がない。そしてアンタは亡くなった社長の秘書だ。何か知ってることがあるんじゃないか? 例えば、そんな夜中に大和は何をしていたのか、とか」

「やめて!」

 金切り声が耳を劈く。木嶋だった。彼女は慄きながらも声を絞り出す。

「全てお話ししますから……もう、何も言わないで、お願い……」

 それから木嶋は目を伏せ、敬虔な信徒の如く胸の前で拳を強く握り締めると、ポツリポツリと語り始めた。あの夜、何が起こったか。その詳細を。

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