「……私は、私は、入社した時から大和に目を付けられていました。あの日も社長室に呼び出され、無理矢理抱かれそうになったの。私は必死に抵抗して、手当たり次第物を投げつけた。そうしたら、一際大きな雷が落ちて――」

 運悪く、大和社長に落雷が直撃してしまったと言う。停電が明けた後、変わり果てた被害者を目の当たりに木嶋は愕然としたことだろう。

 木嶋は自らの震える掌を見つめ、呟いた。

「初めは何が起こったのか解らなくて、怖かった。でも、私は思ったの。これは、神様が大和に罰を与えたんだ、って」

 雷――神の怒りによって裁かれたとなれば、それは天罰だ。木嶋はそうやって自分を正当化することしかできなかった……。

「木嶋さんが困っていたところに駆けつけ、祟りの噂を流したのはアンタだな。岡副さん」

 いつの間に現れたのか、応接室の入り口には岡副が立っていた。木嶋は潤んだ瞳を岡副に向ける。

「副社長……」

「……どうして、私だと?」

 絞り出すような岡副の問いに、カゲリは静かに答える。

「大和は祟り殺された、と俺達に最初に主張したのはアンタだ。アンタも事件当夜残業してたって話だしな。それに、天神を祀ってる土地の出のアンタなら、不可解な落雷事故もすぐに天罰と結びつけられるだろ」

 細井のような噂好きが出入りしているなら、噂の伝播はあっという間だっただろう。こういった噂は発信者が誰か判らないまま自然と拡がってゆくものだ。しかし。

「でも!」僕は堪らず叫んだ。「だったら、だったらどうして本当のことを喋らなかったんですか? 本当に大和氏の死因がただの事故であれば、木嶋さんは罪には問われないはずでは……」

 岡副は眉間に皺を寄せ、首を横に振った。

「本当のことを喋ったところで、誰も信じないだろう。それに、大和と彼女の関係をゴシップ誌が騒ぎ立てるに決まっている。私にはそれが……どうしても我慢できなかった。彼女は、別れた妻に引き取られた娘に似ていたから」

 そうだったのか……岡副が木嶋を庇う理由は解った。しかし、だからと言って、祟りを利用するのは間違っている――と、僕は思う。

「成程ね」カゲリは興味なさげに頷いた。「だから都合よく祟りを利用したってワケか。オカルト事件だとマスコミが騒げば真相からは遠ざかるからな」

「はい……」

 項垂れる岡副。木嶋はついに泣き出した。彼女をチラリと横目に、岡副は絞り出した小さな声で問うてきた。

「彼女は……罪に問われるのでしょうか?」

「さてね。オレはそちらは専門ではないので、法の専門家にご相談ください。バカなことをと一蹴されるのがオチでしょうが」

 にべもないカゲリの発言に黙り込む岡副に、僕は思わず声を掛けていた。

「岡副さん。それよりもあなたには、いの一番にやるべきことがあるでしょう」

「それは……?」

 縋るような目で僕を見上げる岡副。彼も不安なのだ。自分の行動が正しかったかどうか。

 僕は躊躇いつつ、二の句を続けた。

「あなたが木嶋さんを庇うために利用し、罪をなすりつけた天神様に謝罪すべきです。あなた方が司法で裁かれるかどうかは、僕の立場ではお答えできかねますが――岡副さん。あなたが致命的な間違いを犯したのは確かです。木嶋さんのためとはいえ、無関係の神様を利用したことは、絶対に間違っている。僕は、そう思います」

 岡副を頭ごなしに弾劾することはできない。彼は木嶋を謂れない好奇の目から守ろうとしただけなのだから。でも、やり方を間違えた。誰か一人を守るために別の誰か――たとえ神に祀り上げられた故人であろうとも――を利用するのは、新たな不幸が増えるだけだ。負の連鎖は、早めに断ち切らなければならない。

 するとカゲリがへぇ、と感心した声をあげた。

「ジミコシバクンにしては、まともなこと言うじゃん?」

「だから、僕は御子柴だって……」

 言い返して、はたと気づく。今のはひょっとして、初めてカゲリに褒められた……ことになるのだろうか? 名前は間違えられたままだけれど。

「ま、赦しを得られるかどうかは、まさに神のみぞ知る――といったところだろうが」

「はい……」

 再び項垂れる岡副と啜り泣く木嶋に、カゲリは冷たく吐き捨てた。こうして、事件は一抹の後味の悪さを残し、幕を降ろした。

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