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◇
僕は特怪のオフィスに戻ると、班長である霧雨篠に、開発現場で見聞きした出来事を一言一句余すことなく報告する。一通り事情を聞き終えた霧雨篠は「そうか、それは災難だったね」と心のこもっていない労いを口にした。
「しかし、やはり出たんだね。となるとこれは……」
「出たって……霧雨さんはあれの正体を知ってるんですか? あれは、いったい何なんですか?」
何やら思い当たる様子で一人思案に耽る霧雨篠。耐え切れずに詰め寄る僕に、彼女はつと視線を寄越す。
「ねえ御子柴クン。キミは“祟り”とは何だと思う? いや、質問を変えようか。どういうプロセスで発生する現象だとキミは考えているかな」
「ええと……」
答えあぐねる僕を横目に、霧雨篠は椅子に深く腰を沈める。
「以前、安倍晴明の話をしたことは覚えているかな」
僕は頷いた。特怪に来て間もない頃、意外とミーハーだった霧雨篠に聞かされたのは記憶に新しい。
「晴明ら陰陽師が退治していたモノは鬼や妖と書き残されているが、その正体は人々の負の感情から形作られた異形のモノだ。我々はそれらを〈
「陰法師……」
「感情は人間が生み出す最大のエネルギーだからね。寄り集まればカタチを成すものさ。平安時代は特に妬み嫉みといった負の感情が多く蔓延る時代だった。だからこそ陰法師を祓う陰陽師の活躍が多く書き残されている」
特怪に関わる以前の僕であれば眉唾だと信じられなかっただろうが、既に何度も不可思議な体験をしている。そういうものもあるのだ、とすんなりと受け入れられた。
「さてと。前置きはここまでにして、キミは日本三大怨霊を知っているかい?」
僕は首を横に振る。残念ながら、オカルト話は専門外だ。無知な僕に、霧雨篠は呆れるでもなく話を続ける。
「菅原道真、
曰く――学問の神と称される菅原道真は身分にそぐわぬ地位に出世したことから嫉妬による奸計に嵌められ、太宰府に流された。失意の内に亡くなった道真は死後、雷神となり都に神の怒り――雷を齎した。その落雷により、道真の左遷に関わった悉くが死んだという。
朝敵として討ち取られた平将門には、斬首された首が喋ったり、笑いながら空を飛んだなどの不思議な伝承がある。また、東京大手町にある将門の首塚は移転しようとすると何故か不審死や事故が相次いだという。第二次大戦後も続いたそれらは、全て将門の祟りだと人々に恐れられた。
長い不遇の末、保元の乱に敗れた崇徳院は認めた五つの写本が朝廷からすげなく突き返されたために怒髪天を衝き、日ノ本を呪う天狗となった。また彼は怨霊としても語り継がれており、崇徳院の死後、保元の乱で敵対した者が次々と病で他界したこと、都を揺るがす大事件が続いたことからそれらは彼の祟りだと言われている――
「このように落雷や事故、疫病などの人間では太刀打ちできない災厄などに直面した際、人々はこの世ならざる超越した存在に原因を見出すものだ。あれだけの怨みを呑んで亡くなったのだから、災厄を齎しても仕方ない――とね」
急に歴史の講義が始まって戸惑う僕をよそに、霧雨篠は更に続ける。
「要は本人の意思とは関係なく、起こった事象に対して周りの人間が後から抱いた“こうに違いない”という思い込み――それこそが祟りの本質ではないかな?」
ということは、つまり――僕は必死に頭を回転させて、霧雨篠の講釈を噛み砕く。
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