「ったく、こんくらいでビビってんじゃねーよ。ダッセェな〜」

 聞き覚えのある声で、手放しかけていた僕の意識は引き戻された。僕の影が足元から大きく伸びたかと思うと、顔にあたる部分がニィ、と大きく裂けた。既視感のあるこの形は。

「カゲリ――!?」

「おーおー、随分とデカく膨れ上がってんなぁ。よっぽど怨んでるらしいが、それならオレの怨みも味わってみやがれってんだ!」

 カゲリが叫ぶと同時に影が膨張した。僕の足元から放射状に広がり、黒い靄へと手を伸ばす。端に触れた瞬間、靄は影の中へとあっという間に吸い込まれた。その様は光すら呑み込むブラックホール。靄を一欠片も残さず吸い取った影が収縮し、僕の足元に戻ってきた。あんなに立ち込めていた靄は、跡形もなく消えていた。

「大層怨んでた割にはこの程度かよ。ま、集団の思念なんて所詮こんなモンか」

「ど、どうしてここに……? ていうか、今のは一体……」

 僕は目を白黒させた。何が起こったのか、まるで理解できない。あの黒い靄は何だったのか? 何故、カゲリが僕の影から現れたのか? 予め聞いていた日中活動できない、という話は嘘だったのか? そもそも、今のはどういう原理で何をした? 疑問符がぐるぐる頭の中を巡る。

「んー、今のオレってば、言わば分身的な? 本体は別にいて、一度干渉した奴の影への出入りは自由自在ってワケ。案内ご苦労さん」

 キシシと嗤う影。そういえば二人で大和建設を訪ねた帰り道、カゲリに影を乗っ取られていた。というか、そんな大事なことは早く言ってほしい。僕のプライバシーも何もあったもんじゃない。

「だったら自分で足を運べばいいだろう? わざわざ僕をダシにしなくても……」

「あ、それは無理」僕の抗議はあっさりと却下された。「分身っつったじゃん? オレ、昼間は身動き取れないんだよね〜。だから丁度いい木偶……じゃねーや、協力者が必要だったワケ」

 今、木偶って言ったぞコイツ! 恐らく僕以上に状況を理解できていないであろう老人は腰を抜かしてしまったようだ。哀れな老人の存在を完全に無視して、カゲリは言う。

「そんで、二つ目の質問。オレが陰陽師って話は覚えてるだろ? 今のがオレの力の本領ってとこ。相手の影に干渉して支配して、なんて三下の雑魚にしか使わねーよ」

「………」

 三下の雑魚である僕は黙るしかなかった。

「もっとシンプルに、相手とオレの力比べだ。弱い方が強い方に呑み込まれる、そんだけだよ。さっきみたいに、な」

 つまり先ほどのように圧倒するには、相手より強くなければいけない。弱ければたちまち取り込まれてしまうのだろう。強力ではあるが、諸刃の剣のような力だと感じた。

「さーてと。見たいモンは見れたし、オレ帰るわ。ジミコシバクンもさっさと篠んとこに帰れよ」

「見たいモン?」

 まさか、恐怖に震えていた僕達の姿だろうか? だとしたら趣味が悪すぎる。

 影はニヤリと口を歪め、自信たっぷりに言い放った。

「祟りの正体だよ」

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