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「ここら辺はなぁ、ただの土地じゃない。昔から天神様を祀っておったんじゃ。開発だと? 馬鹿馬鹿しい、私利私欲のために神様を祀ってきた土地を奪って何になる。挙句、あの男は工事の邪魔だからと天神様の祠まで取り壊しちまった! あんな罰当たり、祟られて当然じゃ」
喋りながら怒りが込み上げてきたのか、老人は顔を真っ赤にして吐き捨てる。いかにも片田舎の老人らしい古めかしい考えだ。しかし僕も流石にやり過ぎだろう、と思ってしまう。死者に鞭打つようで心苦しいが、祠を壊すのは良くない。何かやむを得ぬ事情があったのだろうか――?
「その、壊されたという天神様の祠を見せてはいただけませんか?」
「ああ、構わんよ」
僕は驚いた。思考を巡らせているうちに、意図しない台詞が口からスラスラと飛び出したからだ! まるで、誰かに身体を乗っ取られ操られているような――
戸惑う僕の意識とは裏腹に、口は会話を紡いでいく。
「この辺りは天神様を祀っているようですが、道真公と縁があるんですか?」
「なんだ兄ちゃん、若いのに詳しいな。少し前まで立派な梅の木があったんだが、あれは太宰府から枝を分けてもらったものでな、元は道真公の屋敷に植えられてたものと同じよ。何でも、わしの先祖が九州からこっちに来た人間らしくてな。土地を離れてもいつでも祀れるように植えたそうだ」
「成程、ではその梅の木が御神体代わりだったのですね。せっかくなので、その木も見せていただいても?」
「ああ、残念だがそりゃ無理だね。重機が入って真っ先に切られちまったよ。梅並木はここらのシンボルだったのになぁ」
歩きながら、老人はこの辺りの集落の長だと名乗った。岡副のことも認知しているようで、どうして大和の横暴を止められないんだと愚痴を零していた。
老人に連れられ、中途半端に切り拓かれた足場の悪い森を奥へ奥へ進む。やがて手入れの行き届いた広場に出た。ここが例の祠の場所らしいが、今は何も残っていない。そう、何もないはずだった。
異様な光景を目の当たりに、僕らは揃って息を呑んだ。
「何か……いる」
祠跡に渦巻く、暗い靄のようなモノ。それは徐々に明確なカタチを取り、不明瞭な音を紡いでいく。
「……ネ……死ネ……死ンデシマエ! ドウシテアンナ奴ガ……私ハ、俺ハ、憎イ……憎イ憎イ憎い! 許サナイ……殺シテヤル……殺ス……殺ス殺す殺しテヤる! 祟ッテヤル……祟……タタタ祟ってやル!」
ノイズに似た怨嗟の叫びが重なり、こだまする。それは言うならば、どろどろとした負の感情の塊が形取られたモノ。あまりの醜悪さに吐き気が込み上げてきて、思わず蹲りそうになるが、膝を突くことはなかった。
「ああ、ああ、祟りじゃ! 天神様がお怒りじゃ! どうか鎮まりください!」
老人は狼狽えながらも必死に平伏して機嫌を取ろうとするが、黒い怨念の塊は老人に耳を貸さないどころか、見向きもしない。
僕はといえば、情けないことに足に根が張ったようで動けないでいた。先程から身体が言うことを聞かないのだ。その間にも怨嗟の声は止まず、耳から脳髄を侵食していく。このままでは気が狂ってしまいそうだ。まずいぞ、と冷や汗が伝う。この状況、控えめに言ってピンチなのでは……?
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